2007年2月17日(土)
#8 レイモンド・クロージャーさん
クロージャーさんの生の声が聴けます!
高校教師
(2002年1月に来日)

新聞やテレビを見ると、外国人が
全ての犯罪の主犯みたいな
言い方をしているように
感じます。
例年にない暖冬の2月に、横浜でアメリカ人男性にお会いしました。現在横浜市内の男子校で教師を務めるレイモンド・クロージャーさんは「なりゆき」で日本に来たとのこと。来日するまで日本のことをほとんどご存じなかったそうです。
しかもご出身はオレゴン州の人口わずか2500人ほどの小さな小さな村。のどかな村を離れてわずか10数時間後に、レイモンドさんは突如摩天楼に降り立ちました。彼を未知なる旅へと突き動かしたものは、そして彼のコペルニクス的転回とも言える旅路の果てに見たものは、一体何だったのでしょうか。
*インタビュー@ドトールコーヒーショップ横浜鶴屋町店
English
大都会の狂気。
僕は人口わずか2500人のオレゴン州の小さな村の出身です。そこから日本に飛んで、成田エキスプレスに乗って横浜に来ました。
完璧に打ちのめされました。カルチャーショックです。めちゃくちゃたくさんの人、ネオンの光や街のノイズ。まさに狂気を見た気がしました。たとえるなら、静かな公園からいきなり新宿のど真ん中に放りこまれたようなものです。僕の東京への旅の1日目を、昨日のことのようにはっきりと覚えています。搭乗、着陸、東京着。とにかくそんな感じでした。
「だったら日本に行けよ」
ここに来る前に僕が日本について知っていたことと言えば、大半のアメリカ人なら知っているであろう、第二次大戦中のことですね。あとは日本がバブル経済で華やいでいた80年代末のことと、世界で議員のお給料が一番高いのは日本ということくらいでした。
僕が日本に来るきっかけを作ったのは、高校・大学が同じだった僕の友人です。彼は高校時代に1年間日本に来て、日本の高校に行きました。大学に入ってからも、彼は姉妹校提携を結んでいる早稲田大学に1年間留学しました。大学卒業後、彼は日本で通訳兼翻訳家として2年間仕事しました。
その彼が2000年にアメリカに帰ってきた時、僕は彼と再会しました。僕は2001年に大学を卒業しましたが、同時多発テロが起きてから経済は一気に急降下。職が見つからず、しばらく工場で働いていたんです。そんな現状にいらだっていました。
それである週末、彼に仕事の愚痴をこぼしていたんです。そこで彼は言いました。「だったら日本に行けよ」と。
何言ってるんだコイツは、と思いました。だってそうでしょう?僕は今の仕事がイヤだと言い、その解決策として彼は外国に行けと言う。とてもじゃないけどそんなお金無かったし、休暇を取る余裕もありませんでした。疑問に思う僕に、彼は言いました。「日本で英語を教えればいいんだよ」。
僕は帰宅後、検索サイトに”日本で教える”と打ち込みました。すると日本を代表する英会話学校が5校出てきました。僕はそれら全てに履歴書を送りました。その中で一番返事が早く返ってきた学校との面接に臨みました。受験者の中で僕がただ一人ネクタイをしていたので、それが功を奏したのか、その学校に受かりました。僕はそこで2年間仕事しました。
つまり日本に来たのは単なる偶然で、特別な目的はなかったんです。
人の嵐。
成田空港に着いた時は、圧倒されました。多分これは文化的な違いというよりは、単に都会と小さな村の違いから来るものなんでしょうけど、都会に住む人々には十分なスペースが与えられていませんね。一方で僕の故郷には十分なスペースがありました。プライベート空間もたっぷりあったし、人とぶつかるなんてまずありません。何かの前で列を作っている時も、自分の後ろの人とは十分な間隔があります。
だけど成田に着くやいなや、押すな押すなの行列でした。入国審査の列に並んでいる時、僕は手荷物を抱えていましたが、すぐ後ろの人の体が僕の手荷物に触れました。鬱陶しさを感じましたね。
でも僕は、これがアジアと西洋の違いなどとは考えませんでした。単純に、大都市と村の違いなんだろうと。僕はそれまで大都市に住んだことがなかったから、確信は持てなかったんですけどね。
だから大都市での生活や日本での暮らしに慣れるのに1年半かかりました。今ではこの生活が僕の日常になっています。
名もなき自分。
日本の人たちは何かに取り組む時、とにかく最善を尽くそうと考えます。そして全精力を注ぎ込みます。今までとは違うことをしたいと思った時、または違うことを始めようと思った時、彼らは全てのエネルギーをそれに費やすんです。日本ではそれが普通です。
それに彼らがいつも自らを清潔に保っているところも好きです。例えば西洋では、ある場所がちょっと汚いと、あっという間にめちゃくちゃ汚くなり、やがてその場所には誰も寄りつかなくなります。一方で日本は、ちょっと汚い場所があっても、人々がそこをきれいな状態に戻します。だからここでは、ある箇所が極端に汚くなるということはありません。
だから日本人は「勤勉で清潔」っていうイメージです。僕もきれい好きな人間ですから、共感できます。
電車もいいですね。僕がアメリカにいた頃、映画を見に行きたければ、約30分車に乗っけてもらうか自分で運転するか、方法はその2つしかありませんでした。車がなかったり免許を持ってない場合、映画も見に行けないんですよ。その点ここは電車があるから、電車に乗って、映画館に行って映画を見て、そして電車に乗って家に帰るだけ。めちゃくちゃ便利です。
もう一つ好きなのは、ここでは僕のことを知っている人がいないこと。名もなき自分になれる。これはすごく良いことです。
「他人の家の台所を汚いと言う前に、まずは自分の家の台所をきれいにせよ」
日本での外国人の犯罪率はわずか3%。これは統計で立証されています。ということは、日本人は残りの97%の犯罪を犯しているんです。それなのに、新聞やテレビを見ると、何か外国人が全ての犯罪の主犯みたいな言い方をしているように感じられます。中国人が悪い、韓国人が悪い、ほかの外国人もみんなひっくるめて悪いと日本人は言いかねない。憂慮すべき問題です。
まず第一に、それは正しい認識ではありません。そして、なぜニュース番組や新聞は、日本人の外国人に対する恐怖心を煽る必要があるのでしょうか。
西洋には「他人の家の台所を汚いと言う前に、まずは自分の家の台所をきれいにせよ」ということわざがあります。この前も渋谷区内で、兄が妹の遺体をバラバラにする事件がありました。また、妻が夫の遺体をバラバラにするという事件もありました。橋から母親が自分の娘を投げ落として殺す事件もあったり、教室で友達を殺害する事件もありました。それでもまだ、外国人が悪いんだとおっしゃるんでしょうか。
外国ではみんな「お客さん」。
これは日本に限らずどの国に行く場合にも当てはまると思いますが、もし皆さんが外国に行かれるなら、「何もかもが自分の国とは違う」ということを覚えておいたほうがいいと思います。
文化も言葉も全く違う国に行かれるなら、皆さんは、行った先では”お客さん”です。そこにどんなに長く住まれようが、関係ありません。でも矛盾するようですが、お客さんのように丁重に接してくれることを期待してはいけません。
そしてその国の文化に馴染もうとされるなら、早いうちにその国の言葉を勉強してください。好きになる必要はありませんが、その国の文化や慣習には敬意を払うべきです。
そして、これは日本ですが、日本では英語を教えることはサブカルチャーにすぎません。そのサブカルチャーから抜け出して、「本当の日本」と僕が呼んでいるメインカルチャーに入り込むことが出来たら、きっともっと心地いいはずです。もし人からひどい扱いを受けたとしたら、無理しないこと。いつでも飛行機に乗って故郷へ帰ればいいんです。
海外へ出れば、視野が広がる。
僕は、自分の国から離れたところに住む方が好きなんです。だって世界が広がるでしょう?アメリカにいたら、テレビや新聞から受け取る情報は、いつもアメリカの視点です。でも国を出れば、自分のいた所と距離が生まれ、冷静に自分の国を見ることができます。アメリカに対する日本の見方、日本政府の意見、日本国民の意見、そして中国の意見など・・・自分の国を出れば、客観的に自分の国が見れて、より本当の自分の国の姿を見いだせるのではないでしょうか。そして自分の国の良いところ・悪いところが見えてきます。そうしてだんだんと視野が広がってくるのです。


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