2007年8月20日(月)
My Eyes America
#2 松田笑子さん
食材貿易商社 輸出担当マネージャー
(2000年より在米)

「A+B=C」
それが本来の異文化交流。
今回は海外で働く日本人の特集をお送りいたします。
松田笑子さん。大阪府出身で、現在は米カリフォルニア州サリナス市にある、日本やアジア、ヨーロッパ各国向けの野菜を扱う貿易商社で働かれています。
7年前にインターンとして現在の会社に入社して以来、アメリカと日本をつなぐ架け橋の役割を果たされてきた松田さん。異文化コミュニケーションの最前線で、いろいろな苦労もあったそうです。
彼女がアメリカと日本の狭間で何を見、何を感じ、そして何をつかみ取ったのか? 留学や海外就職をお考えの方は必見、珠玉のメッセージいっぱいの “My Eyes America” 第2弾です!
(第1弾・ハーシュ奈々さんのインタビューはこちら)
*インタビュー@パレスホテル「ロイヤルラウンジ」(大手町)
English
「アメリカには、きっと素晴らしい人たちがいるはず」
私がアメリカに行こうと思ったきっかけは2つあります。まず1つは、私が12歳か13歳の頃に学校で習った地理の授業です。当時私が学んだのは、アメリカは自国で全てのものがまかなえる唯一の国だということでした。日本は食料、鉱物、石油、天然ガス、果ては人材まで、全てのものを外国に頼らなくてはいけませんよね。でもアメリカは、それらを自国内でまかなうことができる。そういう豊かな国には、きっと素晴らしい人たちがいるはず・・・その時はそう考えたんです。それが本当かどうか、私の考えが合っているのか合ってないのか、それらを確かめたいと思いました。それがアメリカに興味を持った最初のきっかけでした。
もうひとつは、多くの人たちと同じように、英語を学んでみたい、英語を話してみたいという気持ちがあったことでした。
村社会。
私が行ったカリフォルニア州サリナス市は人口15万人、それほど大きくない街です。多くの住民、だいたい人口の60%から70%近くの住民が農業関係で働いています。
私が今の会社で働き始めた頃は、サリナスはまるで日本の村のように思えました。 住民はみんな顔見知りだし、同じ環境で一緒に育っています。それでいて、人と人が壁を作っているとも感じました。私が思い描いていたアメリカ人像とは大分違っていました。アメリカ人のイメージって、フレンドリーで、オープンで、お互いに仲が良くて・・・ でもサリナスの人たちは、アメリカ人よりもむしろ日本人に近いと思いました。
渡米の瞬間、無口になってしまった。
アメリカに行った最初の頃は、言葉の壁はありました。今でも言葉の壁は残っていて、ウチの会社の社長はよく私をからかうんです。「君はうなずいたり、ニコッと笑うだけだね」って。彼が私に何を言っても、何を頼んでも、いつもそうだって。でも私は彼らの言っていることが分からなかったから、ただうなずいて、ニコッと微笑むことくらいしか出来なかったんです。
私の友人が言うには、私は本来はおしゃべりな人間らしいです。でもアメリカに渡った途端に無口になってしまった。それでフラストレーションがたまるわけです。そんな状態が半年ほど続いて、それからはだんだん状況は良くなっていきましたけどね。
アメリカでも上司を「さん」づけで呼ぶ。
職場では、アメリカ人の同僚はとにかくよく話します。日本の職場では、お互いのプライベートについてあまり話しませんよね。でもアメリカでは、皆さん会社内でもプライベートのことを結構話しているように思います。特に私が今働いているところなんて、家族持ちの人にはうってつけの職場ですよ。雰囲気がいいんです。社員の親御さんや親戚、友人たちが会社を出入りしてますから。
あと、デスクにはたくさんの家族写真が貼ってありますね。電話でも家族のことを話していますし、彼らの家族も会社に電話をかけて来て、あれこれ話しているんです。
アメリカでは、上司でも誰でもファーストネームで呼ぶことが習慣になっていますが、私は長い間それがなかなかできませんでした。今でも、上司には「さん」付けで呼んでますよ。社長の名前はデニスっていうんですが、本当は「ハイ、デニス!」って呼んでもいいところを、私は未だに「ハイ、デニス"さん”!」です。
知識を身につけ、意見をまとめ、自分とは違う意見の人と話す。
私には兄がいて、すでに3人の子どもがいます。彼は、そのうちの1人でも外国に行かせてあげたいと考えているようです。
そんな彼に、私はいつも言うんです。「知識を身につけること、それも日本に関する知識を日本語で身に付けることが大事だよ」って。海外に生活する日本人として、日本に関する広くて深い知識が必要になってきますから。
中でも大事なのは、日本の歴史に関する知識です。歴史観の正否は関係なく、過去に日本に何が起きたのかを知る必要があると思います。
知識を身につけたなら、2つ目は意見をまとめることでしょうね。そして3つ目は、自分と意見が違う人とも会話していくこと。自分の意見に賛成してくれる人との会話は簡単ですが、自分の意見と違ったり、自分の意見に反対してくる人と、会話を進めていくことは難しい。そのためにどうすれば良いのかを考えるのは本当に大切なことです。
それらに加えて大事なことは、他の文化や他の地域の人たちと協調していくことだと思います。
英語よりも大事なこと。
AとBを足し合わせてAになったりABになったりする、もしくは何も生み出さない、というのではなく、「A+B=C」になる、つまり、別々の2つのものを足し合わせると全く新しいものが生まれる、それが本来の異文化交流だと思います。
この例で言えば、日本には「A」と「B」はあります。でも、「+」と「=」がまだ無い。だから「C」がまだ出て来ていないんです。
子どもたちには、人と協調して新しいものを生み出していく能力を教えていくことの方が、英語を教えることよりも大事だと思うのです。そのためにも、私はリスニングと会話のクラスの設置を提案したい。ただし、日本語ですけどね。多くの人が豊富な知識を持っていますが、それらをどうやって人前で話せば良いのかを知らないというケースが多いと思うんです。
そして人の話を聞くことも大事。もし自分のお子さんを国際派に育てたいのであれば、こういうクラスはすごく役に立つと思います。
さらに、皆さんが情熱を持って取り組めるものがあれば、なおいいですね。もし自分が好きなことについて誰かが質問して来たら、嬉々として質問に答えるわけじゃないですか。自分の好きなことが話のきっかけになり、そこから関係が生まれてくると思います。
全てに対して腹を立てていた。
「あなたはラッキーだよ」と言ってくれる人がいます。確かに会社は私のやることを尊重してくれていますから、何の不満もありません。
もちろん、やるべきことはしなくちゃいけない。それはどこにいたって同じです。日本でも、会社にいる間は一生懸命働かなくちゃいけませんよね。だから「好きこそ物の上手なれ」です。今の仕事が好きだから、会社での今のポジションがあるんだと思います。
好きだったら、「一生懸命やってる!」なんて感覚は無いはずですよ。だって、それに取り組めるだけで幸せなんですから。私は自分が一生懸命頑張って働いている、なんて思ったことがないです。もし皆さんが誰かに助けてもらったら、お返しにその人を助けてあげようと思いますよね。同じように、彼らが良い仕事をした、なら私も良い仕事をしよう。彼らがより良い仕事をした、なら私もさらにがんばろう。彼らが最高の仕事をした、ならば私もベストを尽くそう・・・そういう好循環が、良いものを生んでいくんだと思います。
もちろん、良いことばかりじゃないです。昔は1週間のうち6日は、ガックリしたり落ち込んだりしていました。日本人同士なら、一回電話すればコトがどんどん進んでいきます。情報を正確に伝え合っていくし、こちらの要求以上の仕事をします。もし7の要求をしたら、向こうは10の結果を出してきます。私はそれまで日本以外で仕事をしたことがありませんでしたし、日本で外国人と一緒に働いたこともありませんでした。日本式以外の仕事の進め方があるなんて知らなかったんです。だから今の会社で働き始めた頃は、全てに対して腹を立てていました。
毎日がトラブル続き。
例えば、私がファックスを先方に送っても、彼らは受け取ったという電話もしてこなければ、ファックスでの返事もしてきませんでした。だから私は彼らに電話して、ファックスを受け取ったことを、ファックスで私に伝えてほしい、とお願いしました。彼らは「いいですよ」と言いました。そこで私の仕事は終わりでした。
ところが、翌朝になってお客様が私に電話して、製品が届いていないと言いました。私は「一体何がどうなってるんだろう?」と。トラックは製品を取りに来ないし、そんなわけでお客様のところに製品が届けられることもありませんでした。私は、それまでに先方に電話をし、そして彼らが私からのファックスを受け取ったことを確認しているんです。それでも製品は配達されなかった。こんなトラブルは日常茶飯事です。今もって、原因が分からないんですよ。そしてこの手のトラブルは今でも起きています。私の英語力が原因のはずがないし、まして私が日本人だから、なんてはずがありません。でも、これが彼らの仕事の進め方なんです。だから私たちと彼らの違いを修正していくことがすごく大事になってきます。かつて私はいつも腹を立てていて、「どうしてこれくらいのことがキチンと果たされないの?」って不思議に思いました。何回も何回も確認したのに・・・。
自分の周りを変えるより、自分自身を変えていく方が簡単。
ここで出てくるのが、先ほど言った「A+B=C」です。もし皆さんがAという手段しか持っていなくて、他の人がBという手段しか持っていない場合、そこでお互いが言い争っても、状況が改善していくことはまずないでしょう。
だから私はまず、状況を受け入れました。そして彼らのやり方について考えました。「ここに問題の引き金があったんだ」とわかれば、それを彼らに伝えました。「この部分は良い、この部分も問題ない、だけど、この部分は問題になります。何か皆さんにとって良い改善策はありますか?」と。私だけじゃない、会社だけじゃない、お客様だけじゃない、みんなにとっての解決策はありますか?と聞いていきました。それが「C」です。
そこで決してしてはならないのが、「こういうふうにすればもっと効率的だから、そちらもそのようにやってください」と、自分の考えを相手に押しつけることです。「この日本式のやり方を、そちらも採用すべきです」なんて言ったところで、彼らが理解するはずがないんです。
自分自身が変わることが、物事を進めていく上で一番簡単な方法です。もし自分以外を変えたいと思ったら、それは一生かかっても難しいでしょう。
アメリカの会社で働く人間として、日本のお客様に現在の進捗状況を伝える。そしてもし日本のお客様に何かご不満があれば、会社にその不満の内容を伝える。すごく大変な作業だけど、同時に日本とアメリカの「架け橋」としての面白さも感じています。
「帰って来たな」って思う。アメリカでも、日本でも。
日本が本当に懐かしいです。特に食べ物と、自然環境です。私の住んでいるカリフォルニア州北部は、年中春と秋みたいな気候です。だから日本の春夏秋冬がはっきりしている気候が懐かしいです。日本人の清潔さとか効率の良さも懐かしいですね。
アメリカで好きなのは、自由なところです。やりたいことがあれば、それが悪いことじゃない限り、何だってできます。例えば、アメリカでは誰でもワインを作ることができます。サーフィンも気軽に出来ますし、日本のサーフィングループにあるような不文律めいたものなんて、アメリカのサーフィンコミュニティーにはありません。サーフィンをやりたい人なら誰でも歓迎してくれる空気があります。私に出来ることも、アメリカにならたくさんあります。
だから私は日本もアメリカも好きです。日本に帰ってくるたび、「帰って来たな」って思うんですけど、同時にアメリカに帰っても「家に帰って来た」って思うんですよね。
私は将来、お茶のお店を開きたいんです。国籍とか社会的地位とか関係なく、人々が気軽に集まれるようなお店です。お茶はワインと良く似ています。違いといえば、ワインが外向きなのに対して、お茶はもっと内省的というところです。お金がたまったら、小さいコミュニティー作りに取りかかりたいと思っています。

松田さんにとって、アメリカって何ですか?
自分を広げることへの「挑戦」です。
日本人という枠を超え、女性という枠を超え、果ては松田笑子という枠を超える、
そのための挑戦ですね。
そしてアメリカは、精神的にも物理的にも、今もなお
フロンティアです。日々楽しんでます!
松田さん関連リンク
European Vegetables Specialties Farms Inc : http://radicchio.com
(松田さんがお勤めになっている会社のホームページ。英語のみ)

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