2007年9月2日(日)
#12 ダン・ズッカーマンさん
イスラエル料理店「デビッドデリ」マネージャー

日本人は、いつも何かに
抑えつけられているように
感じるんです。
今回のインタビューのお相手は、港区白金界隈にあるイスラエル料理店「デビッドデリ」のマネージャー、ダン・ズッカーマンさんです。ダンさんはイスラエルのテルアビブのご出身。日本でもだんだんと、ベーグル以外のユダヤ料理が広まりつつあり、お店では多くの日本人が、イスラエルの料理を楽しんでいました。
ダンさんも今は日本での生活を楽しまれているようですが、来日当初はいろいろな壁にぶつかったと言います。特に、日本人独特のコミュニケーションには・・・
*インタビュー@ デビッドデリ(白金高輪)
ダンさんのお店にGo!
English
忘れられない光景。
僕が初めて日本に来たのは1983年です。当時、僕は軍を除隊した直後でした。イスラエルでは、皆3年間、軍に入隊します。その後、ほとんどの人が約1年間旅に出ます。軍というところにいると、すごいプレッシャーにいつもさらされるから、それから解放されると、大学に入るまでの1年間、僕たちは旅をするんですよ。
その頃僕はインドやネパール、タイを回っていました。約8ヶ月の長旅でした。そして日本に向かいました。成田に着いてまずびっくりしたのは、すべてが清潔に保たれていたことです。それが日本に対する第一印象でした。
今でも鮮明に覚えています。一人の女性が地下鉄に乗ろうとした時、ジャムのビンを落としてしまい、あたり一面が汚くなってしまいました。彼女は持っていたバッグを床に置き、ハンカチを取り出して床に広がったジャムを全て拭き取ったんです。それから彼女は電車に乗って去っていきました。
そんな光景、僕は見たことがありませんでした。普通だったら、ジャムのビンを落としても、そのまま行っちゃいますよね。それをこの日本人女性はすべて拭き取った。本当に印象的でした。
日本に、恋をした。
その時は、日本に4ヶ月間滞在しました。北海道に行ったり、ヒッチハイクで全国を旅したり・・・北海道の支笏湖畔にあるユースホステルでボランティアとして働いたこともありました。北海道には3〜4ヶ月いたから、合計で半年は日本にいたと思います。
当初は日本に来るつもりはなかったんです。本当はオーストラリアに行くつもりでしたが、諸事情により日本に来ることになりました。日本にちょっとだけ滞在して、その後アメリカのカリフォルニアに行くつもりでした。
ところが、日本という国やその国が持つ文化と「恋に落ちた」んです。だから結局アメリカには行きませんでした。
モダンよりも伝統が好き。
一度イスラエルに戻ってから、再び日本に来たいと思いました。だからイスラエルの大学で1年間、日本語を勉強しました。それでもまだ十分じゃないと感じて、今度は京都に行くことにしました。京都に2年いて、日本語をさらに深めました。
京都を選んだのは、日本の文化に興味があったからです。僕は今風の文化よりも、江戸時代の侍とか、日本庭園の方が好きなんです。当時日本はバブル真っ盛り。あの頃は外国人なら誰でも英語を教えることができて、しかも割と収入が入ったんです。でもそのうちに、もっと国際的な街に身を置きたいと思い、東京に行くことにしました。
東京には3年間いました。その後イギリスに渡り、大学に行きました。その後一旦イスラエルに帰り、1997年に再び日本に戻ってきました。
長年探していたものに、日本で出会えた。
東洋には、すごく魅力を感じます。すごく深い、西洋にはないものを感じました。日本に来てから気功の先生に出会いましたが、その時にやっとそれを見つけた気がします。
幼少時や若い頃、僕はユダヤ教の信仰の中に、自分の人生をいかに生きるべきか、その答えを探していました。でも見つかりませんでした。宗教は政争の具にされ、元来の純粋さはもはや無くなっていました。しかし僕が日本に来た時、自分がどう生きていけばいいのか、その答えが直観的にわかったような気がしました。
聖書のことをヘブライ語で「トーラー(TORAH)」と言います。この「トーラー」は、物事に取り組むときの方法とか、生活上の規範という意味です。僕が日本に来た時、この「トーラー」に相当する「道」という概念を知りました。「道」も、物事に取り組むときの方法とか、道徳的な規範という意味ですよね。だから日本に来た時に、僕は長年探していた答えを見つけたと思ったんです。
日本には「道」がつく言葉であふれています。合気道、剣道、空手道、華道、茶道、書道・・・僕は、日本文化を学ぶことによって自分がどのような人生を歩んでいけば良いのか、その答えに近づくことができると思いました。
それに東洋では、「肉体と精神は別々」と考える西洋と違って、肉体と精神は一つなんですね。肉体と精神を鍛えることで、形の無い何かが生まれる。時に人はそれを「気」と呼びます。計測不能のものです。
旧約聖書は言います。「決して偶像を造ってはならない」と。それは、神は我々人間の理解の範疇を超えているからです。僕たちは神を感じることはできても、神は無形であり、言葉では説明できないものです。このような側面からも、僕が実際に先生について習った合気道や他の伝統武術は、初期の純粋だったころのユダヤ教にとてもよく似ていると思いました。
だから東洋の文化から離れて生活するのは寂しいんです。初来日後にイスラエルへ戻った後も、ずっと日本のことを考えていました。今はもう落ち着きましたけれど、自分が求めていた物に出会うまでは、落ち着かなかったんです。
でも「自分の求めていた物はコレだ!」って口では言えない。無形だから、言ったらそれは別な物になってしまいます。
本音と建前。
日本に来た頃は、日本の全部が好きでした。それでも日本のことがだんだん分かってくると、日本人の「本音と建前」の違いに気づいてくるんですね。これには驚きました。日本にいる外国人ならほとんどの人が直面しているんじゃないでしょうか。
イスラエル人は、そういう意味ではとても正直です。僕たちが言うことと思っていることはほぼ同じです。だから難しかったですね。でも、そういう日本独特のコミュニケーションに慣れていくと、今度は自分の国に帰った時が大変になるんです。
2年間の京都での生活の後、一旦イスラエルに戻りましたが、その時は同じイスラエル人とのコミュニケーションが大変でした。イスラエルと日本とではコミュニケーションの仕方が違いますから。もし僕が日本人のコミュニケーションに完全に適応したとしたら、世界基準のコミュニケーションは不可能だったかもしれません。今は慣れたから大丈夫ですけどね。
日本に来た当初は、出来る限り「日本人になろう」としていました。自分のバックグラウンドを全部投げ捨ててもいいと・・・。でも、それは大きな間違いでした。僕は日本人じゃない、だから完全に日本人みたくなれるわけがないんです。そういう現実と理想の狭間で、かなりキツい時期を過ごしたこともありました。
安全だけど、規則が多すぎる。
日本はとても安全ですね。でも、安全な社会にいるために自分たちを犠牲にしているようにも見えるんです。日本には規則がたくさんあって、皆さんがそのルールをきちんと守ってる。他の国はそんなに規則なんてない分、もっとゆったりと生きていると思うんですね。どちらが良いのかは難しいところですが。
日本の社会は少し抑圧されているように思います。常に正しい振る舞いが求められます。僕はよく、お母さんが子どもに「ダメ!」って注意する光景を見かけます。これでは、どういう行動をとればいいのかを正しくは学べないでしょう。イスラエルでは、そんな光景は見られません。日本には規則やルールがたくさんあるから、いつも何かに押さえつけられているように感じるんです。
日本の地震の方がよっぽど危ない。
日々の報道で流される自爆テロなどの映像だけが、イスラエルの真の姿を映しているわけではありません。イスラエルは基本的に安全な国です。特にイスラエルの真中あたりはとても安全です。それに食べ物がとてもおいしいし、人々も皆幸せに暮らしています。
自爆テロに遭う確率は低いです。私からすれば、日本の地震の方がよっぽど危ないと思いますよ。例えば阪神・淡路大震災では、一度の地震で6000人以上もの人たちが犠牲になりました。一方で自爆テロでは、多くても20人・・・いえ、20人も亡くなるのは稀です。
僕はイスラエルで地震に遭ったことがありません。起きたとしても、50年に1度くらいです。イスラエルでは、地震で命を落とすことはまずありません。
日本で初めて地震に遭ったのは、僕が京都にいた時でした。とっても怖かったです。どう対処すれば良いのか分かりませんでした。建物全体が揺れました。今はもう大丈夫ですけどね。地震が起きても寝ていられます(笑)でもその当時は本当に怖かったです。
時刻表=10時32分着。実際=11時32分着。
他に驚いたのは、人が多いことですね。初めて新宿駅に行った時は本当にビックリしました。よりによって行ったのがラッシュアワー、朝の8時でした。黒い頭が一斉に歩いていたんです(笑)誰が誰だか区別がつかないくらいでした。
でも日本では、本当に全てがうまく機能してますね。イスラエルにはそれほど多くの人がいないにもかかわらず、交通機関は多くの問題を抱えています。片や日本では、たくさんの人がいるのに、交通機関には何の障害もありません。電車に限らず、全てが時間通りに動きます。日本人はそれを当たり前のように思っているんでしょうね。
例えば日本では、時刻表に10時32分に電車が到着するとあれば、10時32分に電車は来ます。イスラエルだったら11時32分に来ますよ(笑)それはこのお店でも同じで、イスラエル人のお客さんが11時30分に来ると事前に言ってきても、実際に来るのは12時だったりしますからね。その点で言えば、日本は素晴らしい。ただ、そのかわり日本人は人間本来の自然さを失いつつあるように思えます。
自分が思っていることを口に出すことが重要。
一番難しいのは、やはり日本人とのコミュニケーションです。彼らは自分たちが思っていることをなかなか言わないし、こちらも何か言う前には少し考える時間が必要です。他の人に何かを言いたいとき、そういうことを考えるから厄介ですね。
僕の妻は日本人ですが、もし彼女に何か不満があれば、ちゃんと私に話してくれます。だから僕たちの結婚生活はうまく行っています。結婚はどれも難しいけど、国際結婚はさらに難しいです。でも妻は普通の日本人とは少し違うんでしょう。彼女は日本人だけど、イスラエルとイギリスにいましたから、話す習慣が身に付いてるんです。彼女は怒る時はちゃんとその感情をぶつけてくれます。時にお互いの意見が食い違う時があります。でも全体的に、私たちはうまく行っています。もし彼女が僕に何も言わなかったら、一緒に暮らすことは不可能だったでしょう。
怒りでも何でもいいから、自分が思っていることを口に出すことが重要です。黙っていたら、何が起きているのか、その人がどういう状態かがわかりません。しかもその人が突然怒りだしたりしたら、こちらはパニックになります。どういうことが原因で、その人が怒っているのか分からないんですから。そうなったら、なすすべはないです。それは決して良い状態じゃない。だから問題があればちゃんと話し合って、解決策を共に探っていくべきです。
郷に入っては郷に従え。
今の職場では、最初の2〜3ヶ月間はちょっと辛かったです。日本人の同僚があまり話さなかったですから。職場にとって良いことをしても悪いことをしても「これはOK、だけどこれはダメだよ」なんて教えてくれません。
だけど小さいことが導火線になって、やがて爆発が起きてしまう。みんな圧力鍋みたいになっていたんです。もし少しずつでも皆が言いたいことを言えば、爆発なんて起きません。感情が爆発してしまう前に、思っていることを話すべきだと思いました。
僕は彼らと話し合ってみることにしました。そして僕も彼らも、お互いがどうコミュニケーションをとれば良いかを肌で学んでいきました。僕も悪かったんですよ。僕はイスラエルの慣習をこの職場に持ち込んでいたんです。でもここは日本ですから、役に立ちません。
だから、彼らのやり方でやってみることにしました。彼らのやり方を受け入れなければ、日本で生きていけません。おかげで今では、ほぼ全てがうまく行っています。
自分を見失えば、何者でもなくなる。
僕は、これからも日本にいると思います。ここでかなり長い間生活してきましたし、私が築いてきたものも日本にあります。私の知人・友人も日本にいますし、そして家族も・・・だから私はこれからも日本にいようと思います。
日本に住む限り、日本人のように振る舞う必要があります。日本の慣習も学ぶ必要があります。でも、決して自分の根っこを失うことはしない。だって僕は日本人じゃなく、イスラエル人なんですから。
たとえば皆さんがアメリカに行って、アメリカナイズされて自分が日本人であることを忘れてしまったら、皆さんは何者でもなくなってしまいますよね。それと同じで、もし自分を見失えば、僕は何者でもなくなってしまうんです。
*撮影:川崎美里
ダンさんにとって、東京って何ですか?
旅行に来るなら東京です。
ぜひ皆さんにも、東京に来てほしいです。 人がたくさんいるし、夏はすごく
暑いですから、住むのは大変なんですけど。
でも旅行にはぴったりの街です。東京では、1つの街にいながら様々なカラーや
テイスト、雰囲気を感じられるから、とても面白いですよ。
僕は東京が大好きです。何といっても食べ物がおいしい!

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