2007年9月27日(木)
#14 エベリン・マルティネスさん
スペイン語・英語教師(熊本市在住)
(2006年来日)

日本は私がいるべき、
運命の場所。
メキシコからやってきた可憐なラティーナ、エベリン・マルティネスさんです。エベリンさんは日本に来る前はアメリカにいました。そこで生涯の伴侶と出会い、1年前に「約束の地」日本に来ました。現在、九州は熊本にお住まいです。
ということで、今回は東京在住の方とのインタビューではないんですが、単純に東京から離れた所に住む外国人が何を見、何を感じて日々生活しているのか、それを知りたいと思い、エベリンさんが東京に旅行に来た時にインタビューしました。是非ご覧下さい。
*インタビュー@ ザリガニカフェ(渋谷区宇田川町)
English
東京は好き。でも大きすぎる。
東京には1度だけ、10年ほど前に来たことがあります。その時初めて日本に来て、東京にも行きました。そのとき東京には2日間滞在しました。東京は大きくて、たくさんの物が溢れているから大好きです。
だけど、ここに住みたいかと言われたら、ちょっと分からないですね。大都市は好きだけど、東京は私には大きすぎます。本当に人が多いですよね。
私は普段、青空を見るのが好きだけど、ここではそれが難しそう。それに東京は全てが速く動いていて、私はついていけそうにありません。でも、散策するにはいい場所だと思います。
日本では、とてもリラックスできる。
日本とアメリカ、そしてメキシコ。この3つの国の一番大きな違いは安全面にあります。
日本は安全な国。私は女だから、メキシコで夜道を歩くのは危険です。夜一人で外にいることはできません。例えば女の子同士で道を歩いていると、たとえ知り合いじゃなくても、「ねえ、一緒にお茶しない?」なんて男性たちが言い寄ってくるし、そうかと思えば、男の人たちは車を走らせながら、私たちに向かって何か叫んだりします。私はそういうことが嫌いだし、本当に耳障りです。そういうことがメキシコではよくあります。
アメリカは、メキシコよりはほんの少しだけ安全だと思います。でも、多くの人が銃を持っているから、いつ銃を突きつけてくるかわかりません。だから、アメリカも安全だとは言えません。
だからこそ、日本に来て以来、とてもリラックスしていられるんです。夜でも外出したり買い物に行ったりできるし、誰も邪魔してきません。特に熊本は小さな街だから、本当に心地がいいですね。多分、東京では多少安全に気を配っていなくちゃならないんでしょうけど、それでもアメリカよりはかなり安全です。
靴が臭い?
大きなカルチャーショックは、今のところありません。以前にも日本には旅行で来たことがありますからね。それに日本に来る前も、日本人に会ったり、彼らの文化を知る機会がありました。でも初めて日本人に会った時は、カルチャーショックを受けました。
アメリカで日本人の友人のパーティーに行った時のことです。彼女は自宅では日本の生活スタイルを貫いていました。そこでは靴を脱いで部屋に上がらなくちゃならなかったんですが、私はその「きまり」を知らなかったんです。
メキシコでは、部屋の中で靴を脱ぐことはありません。もしだれかがそうしたとしたら、その人の靴が臭いのかなって思ってしまう。メキシコ人は、家の中で靴を脱ぐのは恥ずかしいことだと考えるんです。だからそのパーティーに行った時は「たくさんの靴があるな〜臭うからかな?私の靴は臭くないのに、なんで靴を脱がなくちゃならないの?」って思いました。それがカルチャーショックでしたね。
日本人はミステリアス。
日本人はとてもいい人たちだけど、でも彼らを知ることは難しいです。彼らは自分自身を見せようとしませんね。たとえ日本人の友人が問題を抱えていたとしても、私にそのことを話さないんです。彼らは私に助けを求めてないように感じました。心内を見せないというか、私と彼らの間には常に壁のようなものがあるんじゃないか、と・・・。「彼らは私を信用していないのかな?」とすら思った。なぜそのような壁が存在するのか理解できませんでした。今はその壁を理解していますけどね。
私だったら「今困っているの。あなたに相談してもいい?」って友人に言っちゃいます。だって、彼らにもわかってほしいですから。でも、彼らが問題を抱えている時には、彼らは悩みを私と分かち合おうとはしてくれません。だから当時、彼らのそのような態度は「失礼」なんじゃないかとさえ思いましたよ。私を信頼していないように感じましたから。
だけど私は、こういう壁に対してどう乗り越えたらいいかをを学びました。今ではその壁は彼らのプライベートなんだと思うようになったから、それを尊重するようにしています。それが彼らの文化であり、私たちの文化とは違う。その違いを、今は尊重できるようになりました。
「外国人の目って青とか緑じゃないの?」
現在は熊本で、小学生と就学前の子供たちに英語を教えています。他にも大人の方たちにスペイン語を教えてます。
でも、私は自分が先生になるなんて考えたこともありませんでした。語学を教えるのは、これが初めてです。日本で外国人が語学関連以外の仕事に就くのはとても難しいんです。でも私はこの仕事が好きだし、この仕事に就けて本当に幸せなんです。
その学校では、ある子どもが私に会う度に「先生は本当に外国人?」って聞いてきます。「そうよ」って応えると、また「本当に?」と聞くんです。だから「なんでそうやって聞くの?」って言うと、「だって目が茶色いもん。外国人の目って青とか緑じゃないの?」って言うんですよ。私は目も髪も茶色だから、外国人じゃないってその子は思ったのでしょう。
なぜ日本人はそうやって考えるのか分からないです。外国人は英語をしゃべって、髪はブロンドで背は高い・・・日本人は外国人に対してそういうイメージを持ってるけど、実際それに当てはまるのはアメリカ人かヨーロッパの人たちだけですよね。外国人に対する知識を、もっと広げるべきだと思います。まるで「外国人は色白で金髪であるべき」って言ってるみたいです。日本人はそういった固定観念を捨てた方がいいと思います。
透明人間。
私が今勤めている会社の社長は南アフリカ出身です。彼は「一クラスに日本人と外国人教師を一人ずつ」というシステムで学校を運営しています。
日本人の同僚は、海外に暮らしたことがある人たちです。日本人は海外に出ると、物の考え方が変わると思います。日本にずっと暮らしている人と海外暮らしの経験がある人とではかなりの違いがあるように感じます。海外で暮らしたことのある人たちはもっとオープンで、外国人との接し方を知っています。だから彼らとは仕事しやすいです。
でも生徒たちの親御さんは少し違っていて、子どもたちを迎えに来ても、日本人の先生としか話しません。教室のドアの前で日本人の先生と一緒に挨拶しても、私には全く話しかけてきません。見向きもしないですよ。そんな時「私って透明人間?」って思ってしまいます。彼らは他の国に行ったことがないか、外国人に対してビビっているか、そのどちらかなんでしょうね。
私はガイコクジン。
私は今アパートに住んでいて、月1回アパートの住民が敷地の周りをお掃除します。その時、私に話しかけてくる人もいれば、全く話しかけてこない人もいます。話しかけてこない人は、ただ「こんにちは」って言って、それでオシマイです。そういう人たちは私に何て話しかけようか分からないんでしょうね。
だからそんな時、私はここでは全くのガイコクジンで、周囲から浮いている存在なんだって思い知らされます。そう感じたくないけれども、私もそれは言葉の壁のせいだと理解しています。もっと日本語を学べば、彼らと会話できるし、彼らもお互いに分かり合えると思うでしょう。そうしたら、その壁を打ち破るのも簡単になるはずです。
「壁」の原因である私の日本語能力を上げることは、簡単ではありません。時間と忍耐が必要です。だけど、問題が自然に解決するまで待っていては何も始まらない。私たちは解決に向けて積極的に答えを見つけなくてはいけません。
季節を大切にするあまり・・・
日本の自然が大好きです。山も森も深い緑色をしていて綺麗ですよね。熊本には阿蘇山がありますが、本当に緑が美しいんです。それにお寺のような伝統的な建物も素晴らしいと思います。
日本人は四季で移り変わる自然の姿を愛する人たちと言われていますよね。だけど、私からすればちょっと季節を気にしすぎかな、と思うこともあります。
例えばもし夏に「しゃぶしゃぶが食べたい」と言ったら、彼らは私を見て変に感じるでしょう?「なんで夏にしゃぶしゃぶ?暑すぎるよ」って。でも、私はそんなことは気にしません。ただ食べたいんです。
ある日テレビを観ていると、画面の向こうで女性が「何を着ればいいのか分らない」って言っていました。その日は秋にしては暑かったからです。彼女は「夏服かな〜、それとも秋服かな〜あーどうしよう!」って迷っていました。私は「季節なんて気にしないで、自分が心地いいと思う服を着ればいいんじゃないかな」と不思議に思いました。気温よりも季節の方が大事。季節外れだと思うようなことは、気温とか気分がどうであれ、しないんですね。
でもその考えって、他人の目を気にするっていう日本人の特性から来ているんじゃないでしょうか。自分がどう感じるかはよりも、他人がどうみるか、どう判断するかを気にする。私はそういう考え方が本当に嫌いなんです。
「かわいい!」「おいしい!」本当にそう思ってる?
時々美容院に行くと、カットの時に美容師さんがいくつか質問してきます。私がスペイン語を話すと言うと、彼女は「すごい!私もスペイン語習いたい!」と言います。でもあまりにも大げさに感情を表してくるので、それが本心だとは思えないんですよね。ただ相手に対して自分を良く見せているだけ。たとえ「そちらの教室のことを詳しく教えて」と聞いてきても、それが本心ではないと感じてしまいます。彼女はただ会話のきっかけを作るために、私に興味があるように装っているだけだと思うんです。私が店を出た途端に、彼女は私が伝えたことなんて忘れてしまうでしょう。
他にも、人はよく「かわいい〜!」と言いますが、本当に心の底からそう思っているのでしょうか。食事している時でも、「おいしい〜!」と人は言うけど、本当にそう思っているのでしょうか。彼らはただ相手に対して自分を良く見せようとしたり、他の人と同じことをしているだけのように私は思います。
だから彼らの言っていることは本心ではないように感じてしまいます。こういったことも一種の壁です。日本では、人は他人の言うことを気にして、結局は人と同じことをしてしまうんです。
メキシコ人が理解できない。
熊本にメキシコ人の友人がいて、時々一緒に遊びに行きます。私はここに来る前から日本語や日本人について知っていましたが、彼らは来日前は日本に一度も来た事がありませんでした。ここに来た時が、彼らにとって初めての日本だったのです。日本の文化も何もかも、彼らにとって未知のものでした。
だから彼らは長年滞在していているのに、いまだに日本の文化に対して不満を持っています。日本の文化に馴染もうなんて全く考えていないのです。私はそういう彼らの考えには、賛同しかねる部分があります。
私たちメキシコ人は、時間を気にしたり、きっちりと何かを成し遂げようとはなかなか考えないものです。私たちは計画を立てないで行動しがちです。友人はそういう習慣に慣れてしまっているので、何でもきっちりやろうとする日本人のやり方に不満があるんですね。
だけど私は時間の大切さ、計画を立てることの大切さを理解しています。だからなぜ彼らが不満を持つのか分かりません。私は良いことも悪いこともひっくるめて、日本人を理解しているつもりです。今はむしろメキシコ人のことの方が理解できません。
日本に適応することは、難しくない。
父の仕事の関係で、私は子供の頃からいろんな街を転々としてきました。メキシコにも多くの種類の文化が存在します。いろんな街に住めば、一つの文化だけでなく、いろいろな文化に愛着を持てるようになります。だから、私は環境の変化を受け入れられます。そういう経験が、私の心ををオープンにしたんです。
それに私はアメリカ滞在の経験もあります。アメリカには多くの外国人がいて、そこでの生活スタイルは様々です。だから私にとって、日本は確かに異文化だけど適応することは難しくないんです。
でも、故郷は恋しいですね。家族、両親、飼っていた猫、それに友達も恋しいです。だけどメキシコに戻って住みたいとは思いません。
私は決まった場所にずっといたことがないし、大人になってからは家族から離れました。子どもの頃からいろんな街を転々としなくてはならなかったから、その度に友人と別れてはまた新しい友人を作る。だからどのように人と仲良くなればいいかなんて学んだことがありません。もちろん、メキシコにいる人たちは恋しいけど、「彼らがいなくては生きていけない」というほどのものではないんです。
撮影:大堂 敏宏

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