ニューヨーク対談 #4 Rev.Kossan(山田和孝さん)

ニューヨーク対談

あなたに会えてよかった in NY

2007年10月12日(金)

#4 Rev. Kossan(山田和孝さん)

禅宗僧侶/琉球民謡唄者(2005年9月来米)

IMGP5957.jpg私はこっちで"ド日本人"を
やろうと思っているんです。
それがNew Yorkerって
ことなんじゃないかな、と
思います。


ロサンゼルスへの移動を翌日に控えたこの日、マンハッタンの街角で偶然手にした日本語新聞に、めちゃくちゃ面白そうな方の記事が載っていたので、すぐに連絡をとりました。それで会っていただいたのが、Kossanこと山田和孝さんです。
普段はお隣のニュージャージー州で坐禅の指導をしたり、ニューヨークのど真ん中で托鉢をされたりと、修行の道に生きる僧侶として活動される一方で、タイムズスクエアの地下鉄駅構内などで、三線(さんしん)を弾きながら琉球民謡を歌い、民族のるつぼ・ニューヨークに「日本の音」を響かせています。

*インタビュー@ Kossanのアパート(マンハッタン・チェルシー地区)



English



今、ニューヨークで三線を流行らせようと目論んでいます。

私も今、何をもって本業というのか分かりかねているところなんですけども、お坊さんでもあり、ミュージシャンでもあるという状況です。
沖縄民謡に関わり始めたのは、2年半くらい前です。それまでは弦楽器というのは触ったことがなかったです。学生の頃はバンドでドラムを叩いていたので、音楽自体は知らないではなかったんですけども、ピアノを小学生の頃にやっていたくらいで、弦楽器をやったことは全然なかったです。
特に教師免許を持っているわけではないんですが、三線に興味を持ってくださる方や、やってみたいという方がいらっしゃいます。今、ニューヨークで三線を流行らせようと目論んでおりまして、週に1回、無料の三線教室を毎週火曜日の午後5時から午後8時までこのアパートで開いておりまして、この間も5名見えられましたね。彼らはほぼ日本人です。日本人相手にしか宣伝していないということもあるんですけども、彼らが友達を呼んでくれて、アメリカ人も三線を弾いてみたり、というのも何回かありました。
だから「やってみたい」という人は潜在的にいると思いますが、まだ私も教えるということに慣れていないので、まず日本人に教えてからという感じでやっております。ゆくゆくはアメリカ人にも教えたいとは思っています。


ニューヨークで自分を試してみたい。

2005年の夏に修行道場を引退して、その年の9月にこちらで坐禅などを教えるために、ニューヨークに引っ越すことになりました。修行が満了したわけではないのですが、私の先生にあたる老師といわれる人が「お前さんは道場での修行はもういいだろう」ということで、お許しをいただいたんですね。ついては、私は弟が実家のお寺を継ぐことになっておりますので、家の心配はありませんでした。
私が修行していたときの師匠である老師がいて、その人はこちらには引っ越さずに、年に1〜2回こちらを訪問して、その度に1週間ほど坐禅を指導するということをやっていたのですが、2001年に「わしも70歳を過ぎてしんどいから、お前が代わりにニューヨークに行け」と言われたんですね。そして修行道場を辞めるにあたって、「この際アメリカに行って、年に1〜2回とは言わずに毎週坐禅会をやったらどうだ。もっと本格的に、アメリカに根を下ろして活動してみたらどうだ」というサジェスチョンをいただきました。
それで、アメリカで坐禅を習っている生徒さんに伺ってみたんです。そしたら「Kossanが来てくれるならウェルカムだよ。来るんだったら、アパートも用意してあげるから」と言ってくれました。それがこのアパートなんですけどね。食費もまかなってくれるというから、それだけ条件が整っているなら、特に今日本にいる理由も無いし、ニューヨークで自分を試してみたいという気持ちもあるし・・・ということでニューヨークにやって来たのが2005年の9月です。


オレの音楽にお金を入れてくれる人がいるんだ!

ただ、今でもそうなんですけど、こちらに来たときはお金が本当に無かったんですね。何をするにもお金がかかるところですから、遊びにも行けないし、地下鉄に乗るのも躊躇するくらいにお金が惜しいという状況でしたので、楽しいことと言ったら三線の練習しかなかったんです。三線を買ったのは2005年2月でしたが、その年の8月までは修行道場にいましたので、あまり練習ができるような環境ではなかったですし、楽器自体も実家に置きっぱなしで、あまり弾かないでいたんですけども、こっちに来ると毎日のように三線の練習をするという日々で、お坊さんとしての活動をしている時以外はほとんどと言っていいくらいずっと三線ばっかり弾いていました。
そして2005年9月にニューヨークに引っ越してきて、10月には何曲か弾いて歌えるようになっていました。ある日天気が良いのでセントラルパークに行って練習しようと思って、セントラルパークの周回道路の脇のベンチで三線を弾いていたんですね。
そこへ通った人が1ドルをポンと入れていったんです。「アレ?」と思いましてね。全くそんなつもりなくて、ただ天気が良くて楽しいからと思ってセントラルパークに行ったものですから、「オレのこの音楽にお金を入れてくれる人がいるんだ!」って思うと、俄然やる気もでてくるわけです。
その日もセントラルパークに夕方までいて、その後エンパイアステートビルのそばに行って、結構夜遅くまで演奏したと思います。それで1日40ドル、当時ではビックリするような収入ですね。学生時代にプロのドラマーになることを夢見ていたことがありましたが、全く違う形で、音楽でお金をもらえる。しかも文字通り音楽で食ってるということになると、俄然面白くなっちゃうんですね。
それで練習にも熱が入るし、良いポイントはどこかというのも探し出すわけです。タイムズスクエアに行ってみたり、イーストビレッジの方に行ってみたり、あとセントラルパークにも行きましたし、エンパイアステートビルの周りにも・・・場所を変え、稼げる日があったり無かったりでしたが、部屋代と光熱費はお坊さんの活動で何とかなっています。食費は歌で稼ぐ感じですね。




稼ぐよりも、与えたい。

でも、収入は増えません。これはいろいろ理由があると思うんですが、まず最近、お金にならない活動の方をよくやるようになりまして、自分が月にどのくらいお金が必要か分かっているので、その分を稼いだらお金を稼ぐ活動はもういいや、と。それよりも、ボランティアで弾きに行ったりとか、実際この間も老人ホームのボランティアでレクリエーションとして歌いに行ったりとか、ここでやっている無料の三線教室とか、もっと自分の持っているものを還元する活動の方に力を入れたくなりました。歌うんだったら、稼ぐよりも与えるようなことをしたいと思っています。
今、タイムズスクエアの地下鉄の駅で2週間に1回歌っているんですけども、タイムズスクエアは一番稼げるスポットであるという以上に、いろんな人に見てもらえる場所だから、今、ニューヨークで音楽が好きな人にどんどん声をかけてパフォーマンスに参加してもらうということをやっています。歌いたかったら歌ってくれ、楽器を持っているなら一緒に演奏してくれ、と。ジャンル問わずです。日本の歌を歌って日本人が一緒に演奏して、人通りの多いところで「ニッポンの音」というものを発信するというのをすごくやりたいですね。


「あ、これ楽しくねぇや」

だから極力、お金のために歌うというのは最低限にしようと思っています。お金のことを考えると、やや心が荒みますね。自分でわかります。逆に、すごくチップが入る時、ビックリするくらいお金が入っている時というのがあるんですよ。そういう時というのはお金のことは考えていないんです。
だから原点に戻るというか、本当に三線を弾くのが楽しかった時というのに、今戻っているんだと思います。一度、稼げるのが面白いというのにかなり振り切って、無理したこともあるんですよ。すごく疲れて、ノドも枯れているのに歌いに行って稼いだり・・・。
それで気づいたんです。「あ、これ楽しくねぇや」って。だけど一度そういう、ガッツイている状態というのが、自分では必要だったと思います。そういう時がなかったら今の自分は無いと思います。


自信がなかった自分を、三線が後押ししてくれた。

何度もビックリさせられるのが、「何と道行く人が、この音を聴いて幸せそうな顔をすることだろう」ということなんです。自分は三線が大好きですから、三線の魅力は良く知っているつもりなんですけど、何と人の心をとらえる楽器だろう、というのは、道行く人が振り返って私を見る、その時の顔を見る度に思い知ります。
でも最初に路上に出た時は緊張しました。ちょっとオッカナイなと思っている部分もありましたからね。オッカナイというのは、こんなことをやっていたらお巡りさんに捕まっちゃうんじゃないかとか、恐い人が来て、エラい目に遭ったりするんじゃないかという意味と、当時はまだ自分の演奏や歌に自信が持てるような状況じゃないですから、そういう意味で怖かったですね。でもそんな自分を後押ししてくれたのが三線自身でしたね。自信のない状態で、簡単な曲を爪弾いているだけで、それをイイと思ってくれている人がいたっていうのが、一番の後押しでした。お巡りさんが応援してくれることもあったんですよ。


NYでは、日本よりはるかにいろんな文化に触れられる。

ニューヨークの好きなところというとやっぱり、世界中のあらゆる種類の文化、あらゆる種類の人間と交わることができるというのが一番の魅力だと思います。私も思いっきり日本を背負ってきていますから、もうこっちで「ド日本人」をやろうと思っているんです。それがNew Yorkerってことなんじゃないかな、と思います。New Yorkerと、「アメリカ人になりたい日本人」って全然違うんですよね。そういう意味でNew Yorkerになりたいと思います。
ニューヨークで米と味噌汁を食いつつも、味噌汁の具にはいろんなものが入ってみたり・・・ここはもう、いろんなものをぶつけてみようっていうのが楽しいです。オレも、日本の音を発信したいというのと、もう一つは世界中のいろんな音楽とか、いろんな表現の手法と自分ができる表現の手法をぶつけてみたいというのがあって、両方やっているんですけれども、それがニューヨークの魅力だと思います、そういうことができるっていうのが。とてもじゃないけど日本にいたら触れることのできないようないろんな文化と触れることが出来ますから。


托鉢 in New York。

でもそれ以外では、あまりニューヨークの好きなところってないんですよね。ニューヨークの街自体があまり好きじゃないというのが正直なところです。
ニューヨークだけでなくアメリカがそうなのかもしれませんが、道とか街の汚さは受け入れがたいものがあります。あと公共のものを大切にしようとしない点ですとか、人の無礼さとか・・・彼らは無礼なんじゃなくて、それが我々にとって失礼であるということを知らないだけなんだと思いますけどね。
私はお坊さんとしての活動の中で「托鉢」(たくはつ)ということをやっています。土日は昼過ぎから夕方まで、メトロポリタン美術館の前に立っているんですね、閉館時間まで(Kossanの托鉢の詳細はこちら)。面白い仕事ではあるんですよ。道行く人にお経を聞かせるということは修行でもありますし、興味を持ってくれた人が話を聞いてくれたりとか、あと子どもが手を振ってくれたりとかね。「写真、一緒に撮ってください」なんてこともありますから、おおむねいつも楽しんでやっています。でも中には、どうしても受け入れがたいことがあるんです。


無礼な奴、失礼な奴。

一つが、写真を勝手に撮っていく人。普通に考えて、道で稼いでいるような人の写真を撮るんだったら、ひとこと言って、クウォーター(25セント硬貨)の一枚でも入れておくのが礼儀じゃないかと思うんですけども、それをしない人が結構います。
あと托鉢は見られるのが仕事みたいなものですけれども、あんまり至近距離でジロジロ見られるっていうのはどうかなと思うんですね。居心地が悪いです。
お金を入れてくれた人に、お経を英訳したカードを配っているんですが、それを勝手に持っていっちゃう人がいます。きっとフライヤーか何かだと思っているんでしょう(笑)それも失礼じゃないかと思いますが、修行ですからそんなのは相手にしないんです。無視してお経をあげているんです。でも本当は面白くないですよ。そしてたまに、嫌なことが重なる時があるんですね。
やたらめったら無断で写真を撮られて、あんまり頭に来たある日、「今日はやめた!」って思って途中で引き上げようとして、引き上げる準備をしたら、バカな女がそこで勝手に写真を撮っているんですよ。「もうこんな日はねぇ」っていう日があったんです。


イヤだと思っていることも、自分の態度ひとつで変わる。

それで、次の週くらいでしたか、ふと思ったんですが、写真を勝手に撮っていくヤツがいたら・・・・そっちに向かってポーズをとってやればいいんですよ(笑)良いポーズつけてやればいいんですよ、どっちにしてもその人は写真を撮っていくんだから。良いポーズとって良い写真撮ってもらったほうが良いに決まっているんですよ、その方がオレも楽しいし。
立ち止まってジロジロ見ている人がいたら、「よう!」って挨拶すればいいんです。「こんにちは、オレ、Kossanっていうんだ。日本のお坊さんで、こういうことをやっているんだよ」って。どっちにしろソイツはジロジロ見ているんだから、だったら居心地の良い方を選ぼうってね。
もしかして、そういう人たちを無視してやっているほうが托鉢としては正しいのかもしれないけれども、オレは正しくあるよりも楽しくやりたかったから、お経のカードを取っていこうとするヤツがいたら、止めて、自分の手で「どうぞ」と。「これはオレのあげているお経の英訳なんだ。興味があったら読んでみてくれ」って言った方が、どうせ取っていかれるんだったら、そっちの方が気持ちいいじゃないですか。こんなことなんですけど気づいたら、俄然、托鉢が楽しくなりましてね。そしたら、やっぱり収入がついてくるんですよ、そういうつもりでやると。
周りの人は何にも変わっていないんですよ。何が変わったかって、オレの態度が変わっただけなんです。だから、今までニューヨークのイヤなところをずいぶん話しましたけども、きっと、オレがイヤだと思っていることも、オレの態度ひとつでどうにでも変われるんじゃないかなと思うと、イヤなことの数を数えるのが楽しみです。これが全部、良いことに変わるんだと思うと。そうなりたいです。


NYにいると、すごく自由でいられる。

先ほども言いましたが、絶対に一回は腹が立ってしょうがなかった時期というのが必要なんですよ。それがあったから、その次の週に「こうすれば良いんだ」っていうことに気づけた、ということもあるので・・・
ニューヨークににいると、すごく自分が自由でいられる。もしくは、最低限自由でいようとすることができる。ニューヨークというのは、自分がいかに自由であることができるかということに挑戦できる場所だと思います。

IMGP5909.jpg *撮影:Ali


Kossanにとって、ニューヨークって何ですか?

オレにとっては、ニューヨークは「山ごもり」ですかね。
お坊さんというのは道場での修行を終えると山に行ったり
行脚したりするんですけど、私にとってその場がニューヨーク
だったということですね。


Rev.Kossan関連リンク

ホームページ http://kossan.zenmonk.jp/j-index.html

ライブ情報 http://kossan.zenmonk.jp/j-schedule.html

三線教室情報 http://kossan.zenmonk.jp/kyoushitsu.html




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