2008年4月6日(日)
#18 紗幸さん
芸者

芸者になって初めて、今までやってきた
ことが全部生きるようになった。
だからすごく嬉しいです。
*Photo by Kerry Raftis
かつて日本が経済大国と呼ばれる前の時代、「ゲイシャ、フジヤマ」が外国の方が真っ先に思い浮かべる日本のイメージでした。日本文化はミステリアスでエキゾチック、それゆえに外国の方々にとって敷居が高く、なかなか内側まで入れないものだと長い間とらえられてきました。
しかし、ついにその門をたたいた方がいます。オーストラリアご出身で外国人初の芸者・紗幸(さゆき)さんです。日本国内だけでなく、海外のメディアも熱い視線を送っている、今最高に注目の人です。
なぜ芸の道を志したのか、そして芸者として実現したいのは何なのか。日本の伝統文化とは対極にある街・代官山をあえてインタビュー場所として選び、芸者「紗幸」の今の思いを語っていただきました。
* インタビュー@ Sign(渋谷区代官山)
English
セルフドキュメンタリーが始まりでした。
私が芸者になったきっかけは、テレビ番組での企画でした。私は元々は社会人類学者で、社会人類学に関係するようなテレビ番組作りにも関わっています。特に日本を専門にしています。それで当時、いろいろな企画を考えていて、芸者さんに関する企画がその中のひとつにあったんです。
その企画を考えたのは、ハリウッド映画「SAYURI」が公開されるよりも前です。「SAYURI」はあくまで小説を原作としたフィクションだから、本当の芸者の世界や芸者の普段の生活などを収めたドキュメンタリーを作るべきじゃないかと思ったんですね。
だから、私自身が芸者の世界に身を置きながら、私自身を撮影対象としたドキュメンタリーを撮ることにしました。今も製作は少しずつ進んでいます。私のお披露目式も撮りました。そうやって自分自身を通して映し出した花柳界(かりゅうかい:芸者の社会のこと)のドキュメンタリーを作り、ゆくゆくは日本で公開したいと思っています。
日本の学校や会社での経験、伝統文化のリサーチ。それらが無かったら、芸者の世界で
やっていくのは難しかったでしょうね。
去年(2007年)の12月19日にお披露目したばかりなんです。その前に1年近くの間、修業をしていました。浅草に通ってお稽古をやったり、料亭で仲居さんとしてお仕事をしました。また、芸妓置屋に入っていろいろなレッスンを受けました。
お着物も集めました。お披露目できるようになるまでの1年近く、お披露目するために必要なことを学んでいきました。
芸者としての訓練を始める前は、花柳界についてはほとんど表面的なことしか知らなかったですね。でも一般の日本人も同じでしょう。なぜなら花柳界はあまり外に開かれていない世界ですから。だからその世界に入った後は勉強しなくてはならないことがいっぱいありました。もちろん今でも、日々勉強です。
花柳界に入る前も、日本の伝統的な、保守的な世界について研究したことがありました。以前は日本に古くからある大企業で仕事をしたこともあります。それも一般職じゃなくて、男性と同じ総合職で入社しました。その会社では、ある時期から女性を男性と同等に扱う制度を採用しましたが、私はその最初の世代でした。
その上、私は日本の伝統的なお祭りとか神道、相撲、それにめちゃくちゃ伝統的な体育会系の世界、あと神風特攻隊についても研究したことがあります。花柳界とそれらは、程度の差はありますが共通した部分がありました。違う部分ももちろんありますよ。だけど、もし私がそれらに一切触れていなかったり、古い体質の企業で働いた経験が無かったら、芸者の世界に入るのはとっても難しかったでしょうね。
芸者は、死ぬまで勉強なんです。
花柳界には、独特なものがいっぱいあります。やっぱり伝統的な芸術的な世界なので、そういうのに生で触れたのは初めてでした。邦楽の世界も初めてだし、日本の伝統芸も初めてだったので、勉強しなくちゃいけないことはいっぱいあったんですね。
芸者の世界は上下関係がとってもはっきりしていて、礼儀作法がとっても大事な世界なので、普通の日本の社会で使う礼儀作法以上に、すごく細かいところまで気をつけなくちゃいけないところがいっぱいあって、私だけじゃなくて現代の日本人も全然できないと思うので、それが出来るようになるまでは大変ですね。
特に礼儀作法・・・挨拶の仕方とかお辞儀の仕方、座り方、立ち方、そういうのがとっても細かいところまで決められているので、それを覚えるまでがなかなか大変ですね。
でもそういう勉強はずっと、死ぬまで続きます。芸者は勉強して、卒業してお披露目っていうわけではないんです。お披露目するというのは、スタートの時点まで来ましたっていうことなんです。だから準備が出来て、「これからレースに入ります」っていうものなので、芸者衆はやっぱり、90代の浅草の芸者も今でも毎日お稽古してるんです。いつまでも稽古をするっていうのが芸者の道。「芸者」はアーティストっていう意味なので、いつまでもアーティストとして生きていくっていうものなんです。
でも、私はいつまで芸者をやるかは、全然決めてないです。それはわからないですよ、人生がどうなるか。
社会人類学というのは、実際にその社会に入ったうえで研究をするものなんです。だから、芸者の世界は私にとって客観的な立場から見た研究対象、というものではないです、全然。私は研究だけのために芸者をやっているわけではないです。実際に芸者になったし。
芸者の世界に入りたいけど入れないという若い人は多い。それを忘れないで。
どこの社会にも、現代的文化や伝統的文化はあるものなんですけど、芸者の文化をもうちょっと・・・とても美しい文化なので、残していくべきだと思うんですね。芸者は伝統的なエンターテイナーだと思うんです。アーティストと言った方が良いでしょうか。ただし、オーディエンスが大勢の団体さんよりも、少数でプライベートのオーディエンスの方が、芸者の場合は多い。他の伝統文化との違いはそれだけのことだと思うんですよ。
西洋のオペラとかバレエの世界を見ても、始まりは王室でプライベートで、王様とか貴族、お金持ちの人を相手に、芸者と同じように活動していたと思うんですね。ただそれらと芸者の違いは、芸者は現代までプライベートのエンターテインメントとして残っている、それだけのことだと思うんです。オペラとかバレエは大勢のお客さんの前でやることになっただけの話だと思うんです。
だから日本はある意味で、伝統をずっと残しておきがちなんですね。日本という国は一般的にあまり文化を変えないでずっと残しておくというのが、ある意味で得意なんですね。だけど今は、日本文化があまりにも端っこに追いやられているような感じなので、それは残念だと思います。
でも、今の若い人たちに言いたいことというのは無いです。言うことはないです。今は若い人で、芸者の世界で受け入れられる人よりも、その世界に入りたいと思っている人の方が多いですからね。それを忘れないで。入りたいけど入れないっていう若い人がいるんです。
日本文化の粋を集めた「お座敷」
私が伝えたいのは、まず一つは、「お座敷」の体験の素晴らしさです。お座敷がどういうものかよくご存知ない日本人の方がほとんどだと思うんですけど、お座敷は最も美しい日本の建築のひとつである料亭で行われます。そこには美しい、その季節に合った生け花が必ず飾ってあって、そういう季節に合った美しい日本の芸術を見ることができます。
そして美しい日本の女性の振る舞いやマナーを見ることもできて、貴重で、場合によってはアンティークの着物を見ることができるんです。だいたい100万円単位のものを着ていますからね。で、日本の一番高級なお料理を楽しむことができて、その上に日本の音楽を聴き、いろんな楽器を見ることが出来て、日本の美しい踊りも見られる。それだけ日本の文化の粋を集めた体験は、他では出来ないです。どう見てもないです。
だから踊りだけのコンサートには行けるかもしれないけど、それだけのものが集まったエンターテインメントはありません。だから、お座敷では最高の日本文化が味わえる体験ができると思うんです。それが第一に伝えたいことです。
メディアの経験と今の立場を生かして、花柳界に貢献したい。
その次に伝えたいこと・・・2人のお客さんに2人の芸者さんだったら、確かに料金は高いです。だけど10人以上のお客さんに3人の芸者だったら、それは皆さんが思っているよりずっと安くなるんです。私が今、特に外国人のお客さんやお座敷初心者の団体さんに対して今企画しているものは、一番安くて1人あたり1万5000円ぐらいからでお座敷の体験ができるというものです。
(*ご興味のある方はこちらから紗幸さんのウェブサイトに入り、サイトにあるメールフォームにお名前・参加日時・参加人数をご記入の上、紗幸さんに直接ご参加の旨をお伝えください。日本語可)今でもそういう値段で体験できるので、それを伝えたいだけです。皆さんに知られていないだけなんです。
今までは、芸者の世界を伝える人がいなかったと思いますね。だから、私がメディアの経験もあって、なおかつ花柳界にも入っているというとっても珍しい立場にいるので、そういう経験や立場を生かしながら、花柳界に貢献したいですね。
今まで私がキャリアとしてやってきたことを捨てて芸者になったわけではありません。私はメディアの知識を使って、今度は花柳界関係のことについて自分で記事を書いたり、インタビューを受けたりしているので、それも役に立っていますし、ドキュメンタリー番組も作っているし、本も書いているので、今までやってきたことが全部生きるようになったという側面もあるんです。だからすごく嬉しいです。
せっかく日本初の外国人の芸者になったので、私を受け入れてくれた社会に感謝の気持ちを込めて、一人前の芸者になっていきたいと思います。

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