2008年9月3日(水)
#21 チャールズ E. マクジルトンさん
チャールズさんの声が聴けます!
セカンドハーベスト・ジャパン理事長(’91年より日本在住)

信頼関係があれば、
食べ物は自然にやってくる。
この社会では、制度上や企業内・流通上の規定により、品質は保証できるけどお店などで販売できなくなったという食品が発生します。例えばラベルに傷がついたというだけで売り物にならなくなった食品などです。これらのうち、品質や安全性に問題がないものを食品関連企業から無償で寄付してもらい、支援を必要とする福祉分野の施設や団体に無償で寄贈する活動を「フードバンク」と言います。
このフードバンクは、アメリカ合衆国で始まり、やがて全米に広まりました。そして世界初のフードバンクがアメリカで誕生してから約40年後、一人の男性、チャールズ E. マクジルトンさんが日本で第1号のフードバンクを東京で始めました。
「全ての人に、食べ物を」をスローガンに、支援団体を通じてホームレスやドメスティック・バイオレンスの被害者、お年寄りなどの生活を食の面でサポートしていく彼の活動は、日本ではかなり新しいシステムであり、まだまだ人々に知られる余地を残しています。実に画期的なシステムのように思われますが、その浅い歴史ゆえに日本版フードバンク創設者のチャールズさんと、日本初のフードバンク「セカンドハーベスト・ジャパン」は、今まで多くの困難に直面してきたそうです。
*インタビュー@ セカンドハーベスト・ジャパン (台東区浅草橋)
*翻訳協力:NPO法人セカンドスペース
English
日本初のフードバンク。
日本におけるフードバンク活動は、2000年1月に始まりました。炊き出し活動をしていた複数のグループの代表者たちが集まり、食糧をより効率的に集める連帯活動を始めたのが原点です。
フードバンク的なアイディアを持つ人は多かったんですが、実際に創設したのは私たちが初めてです。会社や個人、農家からも食糧を集め、福祉関連の施設や団体に食糧を配る、日本初のフードバンクです。
福祉活動に携わってきた人は皆、毎年大量の食べ物が不必要に浪費されていることを感じていました。それがこの活動が始まったきっかけです。私も創設メンバーの一人で、最初の2年間は他の組織と連携して、どのように活動を運営していくか試行錯誤していました。その中から、必要としている人全てに食糧を配給する、真のフードバンクを創設するアイディアが生まれました。私たちのスローガン「全ての人に食べ物を」は、ここから来ています。食べ物を必要とする、また食糧の価値を活かせる日本中の人たち全てに、食糧を供給する。それが私の出発点です。
2002年、私たちは日本初の公式フードバンクとして、組織を法人化しました。そして2004年に「セカンドハーベスト」と改名しました。「2度目の収穫」という意味です。1度目の収穫(通常の市場)から漏れてしまったものの、まだ十分に食べられる食品を「2度目に収穫」し、捨てられてしまうかもしれなかった食品に命を与えようという気持ちを込めたのです。
私は大家族に囲まれて育っており、兄弟姉妹に加え、養子の子供たちもいました。ですから食糧は常に問題でした。これが私のフードバンク活動の原点かもしれませんね。
*セカンドハーベストの歴史をもっと詳しく知りたい方は・・・ こちらをクリック!
セカンドハーベストジャパンの事務所の天井に掲げられたスローガン
日本のスラム街。
私は1984年に米軍で初めて来日し、2年間駐屯しました。その後1991年に上智大学の研究生として再び来日し、今に至ります。
日本に留学する前、私はカトリックの神父さんに手紙を書き、キリスト教団体を紹介してくれるよう頼みました。その頃は神父になることを考えていたんです。そして私はカトリックの修道士と共に、山谷に住みました。東京の日雇い労働者たちが住む安い下宿がある雑然とした地域で、そこで一年間暮らしました。
その後、私たちはそこから1ブロック離れたアパートに移りましたが、変わらず山谷にいました。そのような経緯から、私は山谷やホームレスの日雇い労働者のための運動に携わるようになったのです。私の大学での専攻は、福祉や社会制度とは全く関係がありませんでした。けれど、山谷が私を呼んだのです。
日本に来る前、私は神父さんから「東京の貧民街に行きなさい」と言われました。私はスラム街が実在する国々を旅したことがあったので、そのような所が実際にあることに驚かされました。正確に言えば、山谷はスラム街ではありません。しかし東京で最も貧しい地域の一つであることには変わりなく、私は人々が路上で横になり眠っている様子を見て非常に驚きました。でも、すぐに山谷が好きになりました。滞在するうちに、山谷が活気に満ちていることを知り、気に入ったんです。家に帰ってきた時とか出かける時には、いつも皆が挨拶だったり、何かしら声をかけてくれました。それは東京の他の場所ではあり得ないことだったのです。
簡易旅館が立ち並ぶ、かつてのドヤ街・山谷。
最近では日本を旅する外国人のバックパッカーに人気です。
日本はNGO/NPOの分野では遅れをとっています。
セカンドハーベストは、日本では一番最初のフードバンクです。日本の人たちにはフードバンクとは何なのか、全くと言っていいほど知られていません。ですから、私たちはそのシステムの説明から始め、それと並行して食糧を集める仕事をし、食糧を必要としている人々を選ばせていただいています。
日本のNPOやNGOは、有資格者のスタッフの数、社会政策へのインパクトの強さ、そして政府や他の機関との連携において、フィリピンやバングラデシュ、インドより遅れています。日本はこの分野において非常に発展のスピードが遅い。この国でNPOやNGOが法的に認められるようになったのは、たった10年前なんですよ。それ以前は私たちのような組織は法的に認められた団体として存在し得なかった。これが大きな差です。
資金調達をしようとしても、なかなかお金が入ってきません。アメリカでは資金の85%が個人から出資され、各個人からの寄付は少額とはいえ年平均75ドルぐらいです。一方で日本では、平均で一世帯につき年間約35ドルです。アメリカでは世帯あたり年間約1400ドルです。NGOの資金基盤がまるで違います。
また現在、日本では公的に約3万のNGO/NPOが登録されていますが、それら3万のうち有給スタッフが常駐しているのは5000以下です。さらに、各非営利団体のスタッフ数は平均1.5人です。日本の社会が良いとか悪いとか、そういうことを反映しているわけではありません。ただ、どれだけ非営利の分野が遅れているかはデータに如実に表れています。
日本では年間2000万トンの食べ物が捨てられています。
ここ日本では、多くの人たちに知られていない事実が数多くあります。例えば実際の日本の貧困率(貧困率の対象は、年間所得が中央値である476万円の半分の238万円以下の世帯)は、2000年の統計では15%です。OECD(経済協力開発機構)加盟国では第4位とされています。しかも高齢者層(OECDのデータでは66歳以上)においては、貧困率は21%に上ります。ということは貧しい人々が実際に存在し、その数は増えているということです。
しかしその一方で、まだ食べられる安全な食べ物のうちの3分の1が捨てられています。皮肉ですよね、3分の1を捨てるのにも関わらず日本は食糧の60%を外国から輸入しているんですよ。メディアでは絶えず日本の食糧自給率はたったの40%だと聞かされます。にも関わらず、3分の1もの量の食糧が捨てられているという事実はほとんど話題にのぼりません。
2002年、日本では2000万トンもの食糧が捨てられました。その一方で、援助として供給された食糧は、全世界で合計してもたったの800万トンでした。ということは、日本では世界の援助約2回半相当の量の食べ物が捨てられているのです。これは日本がどれだけ繁栄し、豊かであるかの反映でもあります。
でもその一方で、環境への影響があります。捨てられた食べ物は燃やさなくてはならないからです。また廃棄コストも莫大で、コンテナ数千個分の食糧の処分コストは企業も消費者も負担することになります。つまりこの一連のあらゆる場面で無駄なコストと環境などへの影響が発生しているのです。
フードバンクの奇跡。
その中でフードバンクがやろうとしていることは、これらの食べ物を捨てられる前に再生することです。期限切れになっていない、食べても安全なものを必要としている人々へと届けます。この私たちの活動で2007年には、企業は3500万円を節約することができました。すなわち3500万円もの処分量が浮いたのです。それと同時に、1億8000万円を我々は地域社会に配ることができました。地域に住む人たちが食料を全て自分たちでまかなったとすれば、1億8000万円もの費用がかかるのです。
(*2008年、企業はセカンドハーベストの活動を通じて8500万円を節約、地域社会は4億8000万円を節約する計算となった)
ですから企業側・消費者側双方が得をすることになるのです。使わずに済んだお金は、子供たちのための事業に充てることも、スタッフを雇うための人件費に充てることもできます。もしくは奨学金に充てることもできるでしょう。廃棄されようとしていた物から、それらが生まれたのです。これがフードバンクが起こす奇跡です。環境に良いうえに、企業もお金を節約できるから結果的にみんなが得をする。福祉団体にとっても食べ物を買う必要がない分、お金を節約できるのです。
ハインツ、コストコ、ハーゲンダッツ、ニチレイなど、
約60の企業がセカンドハーベストの活動を支援しています。
また不定期提携も含めると支援企業は約400社にものぼります。
(2008年9月現在)
フードバンクの波、全国へ。
私たちは全国的なキャラバンを行いました。そして現在、フードバンクを始めたいと考えている人たちが札幌や新潟にいますし、仙台にも同じような活動を始めようとしている人々がいます。2007年は名古屋でフードバンクを始めたいと考えている人たちに協力しました。関西にはすでに「フードバンク関西」があります。広島でもフードバンク活動が始まりました。大分の人たちもフードバンクに関心を持っています。沖縄にもフードバンクを始めようとしている人たちがいます。より多くの人々がそれぞれの地元でフードバンクを始めようとする動きがあります。日本各地に私たちと思いを同じくする人たちがいると思うと、すごくワクワクしますね。
でも、私たちはセカンドハーベストの支部をつくることには関心ありません。そうではなく、私たちは彼ら自身のフードバンクをつくる手伝いをしたいのです。その上で、それぞれにとって相応しいフードバンクの運営方法を、皆さんが独自に考える。その方が、私たちが東京から全て指示するよりずっといいのです。
また私たちは、フードバンク活動を始める人たちを法的に認定するプログラムも始めようと考えています。もし皆さんが「フードバンクを作りたいのですが」と言えば、一定の手続きを経た後に私たちが認定する。それにより、彼らの活動は名実ともに本物のフードバンクになる、という仕組みです。
NPOの新たな可能性。
フードバンクには2つの側面があります。1つはビジネスの側面です。
例えば皆さんが食品製造業者、食品輸入業者、あるいは小売店と取引する際、企業側は法的責任を懸念します。万が一、誰かがある企業の製品を飲んだり食べたりして病気になった場合、商品のイメージに傷がつく。それに、寄付した製品が転売されるのではないかという懸念も出てきます。そうした懸念は、理解できるものです。ですから、私たちはそういったビジネス上の諸問題に積極的に関わっていきます。そしてもうひとつは、すでに述べたような福祉の側面です。
フードバンクとして、ビジネスと福祉の双方に取り組むことは重要です。他の非営利団体の活動が企業に利益をもたらしたり、資金の節約を促したりすることが少ないことに比べると、私たちはユニークな存在と言えます。私たちは片足をビジネス側に置き、もう片方の足は福祉側に置いているのです。
私の個人的な目標は、このセカンドハーベストの活動に関わった人のNPOに対する見方を変えること。それが私の本当の願いです。日本ではほとんどの人が、NPOは趣味のようなもの、ただ携わっている人を良い気分にさせるだけのものというイメージを持っています。それは私たちにとって特に問題ではありません。でも私は「我々は従来のNPO団体とは全く別種のNPOだ」「フードバンクはNPOにとっての新たな可能性だ。私たちのようなやり方でもビジネスはできるのだ」と言いたいのです。
セカンドハーベストは自社専用倉庫を持っています。
たくさんの食糧が運ばれて、ここから食べ物を必要としている
人たちに届けられます。定期的に食糧を配給している施設は、
60団体にのぼります(2008年9月現在)。
私たちは人助けをしているなんて思ってない。
多くのNPOはビジネスプランを作らず、財務プランも無しです。財務的な問題が出てきたら「お金が必要なんです」と言うぐらいでしょうか。
私たちはお金を要求したことはありません。今までに企業に行って一度も「お金を寄付して下さい」と言ったことはありません。私がしたことは、企業とのつながりを作ったことです。企業側は私に聞きます。「チャールズさん、予算外のお金があるんだけど、どう使ってくれますか?」「もし今私がこのお金をあなたにお渡ししたら、何をしますか?」と。
でも私たちがお金を要求しないのは、プライドの問題ではなく「信頼関係」の問題なんです。私たちは始めに相手と信頼関係を築きます。食品関連の企業と交渉する時、私はいつも始めに「私たちは食べ物が欲しいのではなく、信頼関係を築きたいのです」と企業側に伝えます。何故なら私たちは、信頼関係があれば食べ物は自然にやって来ると信じているからです。食べ物やお金よりも、まずはあなた方と信頼関係を築きたいのだということを強調するようにしています。
私たちは人々を救おうなんて考えてはいません。私たちはただ「ここに余っていてゴミとして廃棄されてしまう食べ物がある一方で、それを利用できる人たちがいる」と思っているだけなのです。どうやってAさんからBさんに食べ物を渡せるか。考えるのはそれだけです。それを、私たちは人々を助ける試みだとは考えていないのです。
弱者支援の基盤が、日本にはありません。
日本は他国と比較すると、必ずしも餓死するほどには人々は飢えていません。しかし確実に人々が支払うお金の総額やパートタイム労働者の数は増え、それが様々な問題をもたらしています。大きな変化が見られるものの、日本には支援を必要としている人々をサポートする基盤が実質的には存在しないということを、皆さんに理解していただきたいのです。
たとえば皆さんが「貧困者」と呼ばれている人、あるいは皆さんがシングルマザーや高齢者、または低所得家庭ですぐに食べ物を必要としている人だとしたら、日本には皆さんのための駆け込み寺はありません。ゼロです。これは1億人を超える人口を抱える国としては信じられない状況です。食べ物が早急に必要だという緊急時にあっても、それを調達する場所が無いのです。私たちはそれに最も近い団体ではありますが、私たちのキャパシティーにも限界があります。
どれぐらいの数の人々が本当に食べ物を必要としているのか、私たちには分りません。何故ならそういう人たちが行くべき場所がないからです。避難を要する女性のための個別のシェルターの数を皆さんがもし知ったら、いかに少ないか驚くことでしょう。夫からのドメスティックバイオレンスから逃げている、売春の影から逃げている、様々な危機から逃げている、そのような女性のためのシェルターがいかに少なく、小さなものかを知ったら、きっと驚くでしょう(*日本国内には約100あるが、アメリカにはその20倍の2000ヶ所)。私たちはいつも困っている人たちからの「助けて下さい、助けて下さい」「食べ物を送って下さい、助けが必要なんです!」と言う電話をいただくのです。
子供たちからの、たくさんの「ありがとう」。
政府・企業・NPOの理想の関係。
政府で働いていようと、ビジネスの現場で働いていようと、非営利団体で働いていようと、それら3つの領域でそれぞれの役割があります。お互いがどちらが優れているなどということではなく、それぞれの組織の中で果たすべき職務があり、果たすべき役割があります。AもBも、どちらかが優れているということはないのです。この構造の中では、AもBも役割が決められている。それが私たちにとって最善の社会の在り方だとされています。だからいつの日か、日本が真にこのような社会になっていくといいなと思っています。NPOの分野がもっと成長して、他の団体よりも優れているとお互いが言い張るのではなく、それぞれがお互いを認め合えることを願っています。
政府は、企業や非営利団体にはできないことができます。一方で企業は、政府や非営利団体にはできないことができる。重複する部分もあるでしょう。政府・企業・非営利団体、これら全てが共同で、人々を助けるための財政的・社会的・経済的政策をつくるために力を合わせることが、本来のあるべき姿です。
でも日本では、企業側はNPOを単に「良いことをするだけの組織」としか見ていません。企業はNPOに何も期待していないのです。企業はNPOにお金を出してくれる、それで企業側は少なくとも自分たちは良いことをしていると言いますが、それは健全な状況とは言えない。企業側もNPOから何かしらの見返りを期待していいんです。
良いことをしても、高い税金。
一方で政府とNPOとの間には、お互いにまだ多くの不信感があります。政府は「我々は社会の動かし方を知っている。我々を信用しなさい」と考えている反面、NPOは「社会における全ての問題は政府から始まっているんだ」と考えています。
私たちの活動で言えば、政府は「我々はゴミの発生を何とかして減らしたい」と言います。そのための選択肢の一つがフードバンクです。しかしもし企業は ー「高過ぎる」とは言いませんが ー ある程度以上の 食べ物を私たちに寄付してくれたとしても、税金を払わなければなりません。馬鹿げてます。もし私が数百キロの米を持っていて飢えている人々にそれをあげたいと言ったら、それでも私はその人々を助けるために政府に2万円払わなければならないんです。
私たちはこの食糧は転売されないと100%確証できます。これが売り物なら政府は「税金を払いなさい」と言っていいんですよ。でも良いことをするために税金を払わなくてはいけないなんて、おかしいですよね。
「人は現状を見て、何故こうなのかを問う。私はまだ実現していないことを夢見て、
何故出来ないかを問う」
だけど私たちは政府と闘ったり、口論などしません。私たちがよく引用するロバート・F・ケネディの言葉に「人は現状を見て、何故こうなのかを問う。私はまだ実現していないことを夢に見て、何故出来ないかを問う」というのがあります。この言葉は正しく我々の姿勢そのものです。
例えば、今の世界情勢についてある人が「なぜこんな問題が起こるんだ?」「なぜあんな問題が起きるんだ?」と言う。でも私たちは、今までになされなかった物事について「じゃあ私たちがこれをやったらクールじゃないか?」「私たちがここにある食べ物を配れたら、すごいクールじゃないか?」と考える。それこそが私たちなんです。
だから私は、提案をどんどんします。「もしも通りを渡った向こう側に場所が確保できたら、そこで無料配給を始めて、子供たちを招いて料理教室を開こうよ」と。そしてゆくゆくはお年寄りの方たちにお弁当を届けよう、と。もしそれらが実現したらすごくクールだな、と思います。物事を始める動機は、単に「クールだから、カッコイイから」でいいんですよ。それこそ私たちが基準にしたいことなんです。
「なぜこれができないのか、なぜあれができないのか・・・」と考えこむには、人生は短かすぎる。私はもう十分に、ネガティブなことを経験しました(笑)
チャールズさんにとって、フードバンクあるいはセカンドハーベストって
何ですか?
私が日本にお返しをするために与えられたチャンスです。
毎日私は仕事に来て、ここで自分のやるべきことをやります。これが私の「一票を投じる」機会
なのです。よりよい社会を作るために投票しているんです。
食べ物があり、それを必要とする人々がいて、それに対して私たちがAからBへと食べ物を供給するための基盤を提供できる。私はそういう素晴らしい場所に住みたいんです。
そしてその素晴らしい場所を、私の娘に残してあげたい。
私は娘を支えるために日本にいるのですから。
チャールズさんにとって、日本って何ですか?
日本に長くいればいるほどに、私の住む社会、私の住む国は
日本だと感じるようになりました。
皮肉なことですが、私は日本語を理解できるようになるにつれて、日本の悪いところも目にするようになってしまいました。しかし、もし日本語が話せなければこの仕事をすることは不可能だったし、もし日本語を理解できなかったら、より深いレベルで日本の人々や物事を理解する
ことはできなかったでしょう。
誰であれ、どんな状況であれ、深いところまで進むほど良いものも悪いものも見えてきます。
どこに行っても、良いものも悪いものもあるものです。
しかし結局は、ここ日本には良いものの方がずっとずっと
多いですね。
チャールズさん関連リンク
セカンドハーベスト・ジャパンのホームページ(日本語):
http://www.secondharvestjapan.org/index.php/jpn_home
もっとチャールズさんのことを知りたければ・・・
Podcast のページへジャンプ!(英語)

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