2009年5月15日(金)
#7 海さん
シンガーソングライター・作詞家
(曲作りを日本語で行う)

授業の課題でレポートを書く時でさえ日本語の詞を書き、
それを教授に提出しました。
日本語で歌い、日本語で作詞までしてしまうドイツ人シンガーソングライターをご紹介します。
海(かい)、またの名を「しぐれ」。彼は 日本文化をこよなく愛し、これまでに日本に6〜7回来ています。どこで仕入れたのか、海さんの日本のミュージックシーンの知識には舌を巻きました。彼は影響を受けたミュージシャンとして「くるり」「ゆず」「コブクロ」「Bump of Chicken」を挙げつつ、「平川地一丁目」というフォークデュオも加えています。また日本のインディーズシーンにも非常に精通しています。
しかも、長期にわたる日本滞在の経験が無いにもかかわらず、海さんはとっても流暢な日本語を話します。こちらにも本当に驚きました。
さすがミュージシャン、耳が良くて言葉の持つリズムにも敏感なんでしょう。でもそれに加えて、日本の音楽や日本語そのものへの深い愛情が、彼の語学能力を飛躍的に向上させたのだと思います。
こちらをクリック、海さんの甘い歌声をどうぞ!
*インタビュー@サイゼリヤ日暮里東口店(東京都荒川区)
翻訳協力:NPO法人セカンドスペース
English
宝塚に魅せられて。
僕は活動に応じて名前を使い分けています。作詞家として活動するときは「海」、シンガーソングライターとして活動する時は「しぐれ」という名前を使っています。「海」として、僕はプロの作詞家になりたいし、また「しぐれ」としても、日本で挑戦してみたいことがたくさんあります。
2001年10月に初めて日本に来ました。母が日本を大好きだった影響でしょうか、子どものころから日本に興味がありました。日本のアニメを見ていたし、日本のミュージカルも好きでした。もともと、舞台が好きだったんです。オペラやオペレッタが好きだった母の影響ですね。中でも舞台俳優さんの歌唱法がすごく良いなと思ったんです。
日本に来たのは、宝塚歌劇を観るためでした。2000年に宝塚歌劇団が、ワールドツアーの一環としてベルリンで公演をしました。それを見た僕は、すごく感動しました。劇団員が全員女性で、男役も女性が演じる。非常に独特ですよね。だから僕は本場の宝塚を、日本に行って見てみたいと思うようになったんです。
舞台だけじゃなく、日本の音楽も好きでした。特にドイツで放送されていた日本のアニメの主題歌をよく聴いていました。
日本語の歌詞のことばかり考えていた。
10代の頃からw-inds.やDA PUMPなどのJ-POPを聴き始めました。2001年に日本に来た時、僕は彼らの音楽を初めて聴いたんです。特にw-inds.はその年にデビューしていて、w-inds.の曲は東京の至るところで流れていました。誰もが耳にしていた、というか耳にさせられていたというか(笑)。だから彼らの曲を聴くと、日本に来たばかりの頃を思い出すんです。
そして2003年、今度はワーキングホリデービザで日本に来ました。仕事先は英会話学校でした。日本人の友人たちもいたんですが、当時は彼らとは英語でしか話せませんでした。だから僕はちゃんと日本語を勉強しようと決めました。
僕は元々日本文化に興味があったし、日本語は響きが柔らかくて心地良い。だからこれら両方を学べる「日本学」を、ドイツの大学で専攻することにしました。教授陣は日本から来た日本人で、彼らは僕に一生懸命勉強するよう促しました。僕は元来怠け者で、言われなかったら自分から勉強しようとはしませんでしたから、それくらいがちょうど良かったと思います。
大学入学後の2005年の夏に、日本語で歌を書き始めました。それ以来、かなりたくさん曲を書いています。教科書を使った勉強が好きじゃなかったから、自分なりの日本語学習法のひとつとして、日本語の詞を書くことにしたんです。それまでの僕の日本語は5歳児レベルだと自分では思っていたから、日本語をもっとうまく話せるように、それまで以上に真剣に勉強しようと思いました。授業の課題でレポートを書く時でさえ日本語の詞を書き、それを教授に提出しました。ちゃんとしたレポートを書かなかったのにもかかわらず、その教授は正しく直して下さったので、すごく役に立ちました。ただ、訂正されたものを見て「ちょっと古くさい言い回しだな〜」とは思いましたね。彼の日本語は今風じゃなかったですから(笑)。あとはいろんな作詞家が書いた詞を読み比べて、彼らが詞の中で言葉をどんなふうに使っているかを徹底的に調べました。そうやって作詞を学んでいったんです。
そして作曲ですが、頭の中でやります。あるメロディを思いついたら、いつも協力してくれるプロデューサーのスタジオに行きます。そこでメロディを歌い、プロデューサーが採譜します。僕は楽器を演奏しないので、人前で歌う時は伴奏してくれる人が必要です。もしいなければ、アイドルみたくカラオケで歌います。


「しぐれ」名義の作品。
(左)ファーストデモシングル「季節を越えて」(右)ファーストミニアルバム「ナガレモノ」
なごり雪
シンガーソングライターとしては、やはりオリジナルの曲を作りたい。だから他の人の曲をカバーすることは基本的に好きじゃないんです。でも日本の70年代のフォークソング『なごり雪』だけは例外です。
2003年にあるバンドの路上ライブでこの曲を初めて聴き、大好きになりました。でも曲名が分からなかったので、インターネットで検索して名前を探しました。それから70年代にリリースされたオリジナル曲も聴きました。
『なごり雪』にはたくさんのバージョンがあり、ラップグループまでもがこの曲をカバーしています。つまり、時代を越えた普遍的な名曲なんです。
『なごり雪』by イルカ(1975年)
「なごり雪」という言葉は、誰しもにたくさんのことを連想させます。この言葉を聞くとある人は悲しい気持ちになり、またある人は新しい旅立ちを連想するでしょう。日本の小説は暗くなりがちで、悲しい結末が多いです。出逢いで始まり別れで終わる物語が好きな日本の人たちには、この曲は馴染みやすいと思います。
他にも、例えば「桜」という言葉から、日本人は卒業、新学期、別れと出逢いを連想します。日本語はイマジネーション豊かで面白いです。ドイツ語だと、一つの言葉からあらゆることを連想するなんてないですよ。
『なごり雪』しぐれバージョン → Click!
国際色豊か。それが僕の歌の強み。
将来は、シンガーソングライター「しぐれ」としての活動だけでなく、作詞家「海」として日本のアイドルやアニメ番組に曲を提供することもやっていきたいです。僕は音楽を愛しているし、たくさんの音楽から影響を受けてきました。だから僕自身のためだけじゃなく、他のミュージシャンのためにも曲を書きたいんです。僕は書きたい曲を書きたいように作りますが、その中で「しぐれ」が歌うよりは他の人が歌った方が良いという曲も出てきます。それらをアイドルグループや他のミュージシャンに提供していきたいと思っています。
だけどある友人が言うには、それは非常に難しいそうです。と言うのも、レコードレーベルはプロの作詞家を抱えていて、その輪の中に新参者が入り込むことは至難の業らしいんです。
でも僕には他の作詞家にはない強みがあります。それは英語・ドイツ語・日本語の3カ国語で歌詞を書くことができるということ。だから僕の書く詞は必然的に国際色豊かなものになるんです。
たくさんの作詞家や作曲家が集まるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス。mixiやGREEがこれに相当)のコミュニティーがあります。そこでは誰かが、コンペに出す曲の作詞・作曲をしてくれないかと呼びかけます。あるいは作詞・作曲・編曲・演奏を分担して行うグループも存在しており、僕も参加しています。小さなレーベルと言ってもいいでしょうね。現在、そのグループで僕は日本語で歌う韓国人女性歌手のために詞を書いており、作曲は別の男性が担当します。だからとってもインターナショナルな作品になるはずです。その活動が自分への刺激となって、今はまるで泉のように詞が出てきているんです。
しかし日本だけが僕の拠点ではありません。もちろん僕の書く歌詞のほとんどは日本語ですから、メインターゲットは日本です。だけど今はインターネットの時代。どこの国にいても、僕は活動できると思います。

海さんにとって、東京って何ですか?
第2の故郷です。
東京にいるときは、本当に最高の気分です。違う自分になったようです。ドイツにいるよりも自由さを感じます。ドイツでは自分のID、社会保険、その他生活に関すること全てを気にかけなくてはなりませんから。
それに日本では一日一日が僕にとって新しい体験なんです。でもそういう新鮮さは、長く
住めば住むほど失われていきます。だから同じ場所に長く住もうという気はありません。
日本とドイツを行き来するような生活ができればいいなと思います。
僕は「流れ者」なんですよ。迷い猫のように、ね。

新曲「夏日」発売中!
海さん関連リンク
シンガーソングライター「しぐれ」のホームページ (Myspace): http://www.myspace.com/shiguremusic
作詞家「海」のホームページ (Myspace): http://www.myspace.com/kashibykai

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