東京対談 #26 イヤッド・マンスールさん

東京対談

あなたに会えてよかった。

2009年8月25日(火)

#26 イヤッド・マンスールさん

パレスチナ料理レストラン「グリーングラス」オーナーシェフ
(1997年に来日)

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西川口の人間は、みんな優しい。だから死にそうな目に遭っても、この街から離れられなかったん
です。


埼玉県川口市西川口。この街で、日本にただ1軒しかないパレスチナ料理レストランを経営する
イヤッド・マンスールさんをご紹介します。
この方、めちゃくちゃ筋が通った「男の中の男」です!とにかくまっすぐで、曲がったことは許さない。でも、ただ頑固な人ではありません。イヤッドさんのお店ではベリーダンスショーが毎週金曜・土曜に開かれますが、ノってくるとダンサーさんと一緒に踊っちゃう、そんな茶目っ気も見せてくれます。「オレもこういう人になりたい」と思わせてくれた方です。
決して揺らぐことのない、ピュアな心を持ったイヤッドさんが、ヤクザの街・風俗の街として全国的に有名だった歓楽街「西川口」に降り立ったのが、今から約8年前のこと。許せないことはたくさんあったそうですが、それでも西川口から離れなかったのは、彼が心の底から愛した街だからでした。
パレスチナからやってきた一人の男の西川口奮闘記の始まりです!

*インタビュー@グリーングラス(川口市西川口)

*イヤッドさんのお店についてもっと知りたい方はこちらをクリック!



English




「私はここから動かない」

お店は、ここが4件目です。1件目はキッチンカー、2件目はわずか1坪のスペース、3件目は今年の4月までやっていた10坪の店、そして今は25坪です。自分のやりたいことをビジネスにするのであれば、やはりステップ・バイ・ステップですよ。
西川口駅前にキッチンカーを置いて商売し始めた時は、警察が毎日来ましたよ。「お願いだから、家に帰って下さい」って。私は言いました。「私はここから動かない」と。1年間その攻防が続いて、最後は警察の方があきらめちゃった。やはりここで商売するのであれば、まずはキッチンカーで頑張ってお客さんを集めて、良い雰囲気を作って初めてお店を開くべきだと思っていましたから。
私は、まだ自分の夢へのスタート地点にすら立っていないと思っています。周りの人が自分のことを「すごい!」って言ってくれることに対しては「ありがとうございます」と言いつつ、心では笑っていますよ。「全然まだだよ」って。
でも、その夢の内容について語るのは、ここではよしておきます。だって人に話した瞬間、それは「約束」になってしまうから。もしかしたら生きている間に果たせないかも知れない。それが夢だと私は思います。それに明日はどうなるかも分からないですからね。

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JR西川口駅前



会社勤めをしながら料理修業。

お店を始める前は、旋盤の仕事をしていました。鉄とアルミと真鍮を材料にして、いろんな部品を作る会社で働いていました。そこで仕事をしながら、夜はイタリア料理やフランス料理、ハワイアンレストランなどのお店で料理の勉強をしていたんです。約5年間、毎日でしたね。どれも同じ会社が所有していたレストランなんですけど、全部で32店舗回りました。屋台を始めてからも、別のレストランで働いていたんです。
これらは確実に自分の経験になりました。もう好きなようにさせていただきました。きちんとやるべき仕事をこなした上で、自分の作りたい料理をメニューに加えさせてもらったりしました。だって、それが料理修業の目的だったんですから。
そしてそれらのお店で、いろんな国から来た料理人たちと仲良くなりました。彼らからもいろいろ勉強しましたね。お店を開くとか開かないは別にして、単純に料理が好きだったから、いろんなお店で働いていろんな料理を作りたかったんですよ。自分でお店を開くならパレスチナ料理で、というのは最初から決めていたんですけど、それとは別に他の国々の料理を勉強したかったんです。


包丁を突きつけられた。

私が西川口で商売を始めた理由は簡単。家賃が安いからです。不動産屋さんが「あそこは家賃が安いよ」って勧めてくれたんです。
西川口は、私がここで商売を初めて以来すごく変わったと思います。治安も良くなりました。だけど、警察がやらなきゃいけないことはまだまだたくさんありますよ。
確かに目立つところにあった変なお店は一掃されました。でも裏にはまだまだ変な店がいっぱいあるんです。ただ改善されたのは、ここらへんにいたヤクザの95%がどこかに行ったことですね。
私が初めて西川口に来た時は、普通に歩けなかった。その頃私は、ヤクザと毎日ケンカしていました。「金よこせ」と言ってきたり、酔っぱらった勢いで殴りかかってきたり・・・。
死にそうな目に遭ったこともあります。少なくとも3回は包丁を突きつけられています。信じられなかったですよ、平和な日本にこういう場所があるんだって。
西川口の駅を降りた瞬間にカルチャーショックを感じました。女は体を売る、ヤクザがその辺をウロウロしている、警察がそれを追いかける・・・私は元々お酒を飲まないので、夜遊びもしなかったからそういう街に行ったことがなかったし、東京の普通の街ではまず見たことがなかった光景です。
私は戦争の国から来た人間ですから、そういうのを見て「怖い」なんて感じなかった。ただ、日頃会社で働いていたり電車に乗って通勤している限り見ることのない風景が、西川口にはあったんです。「日本にも怖い街があるんだ」それが私が感じたカルチャーショックでした。

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細い路地に、たくさんのお店。



ヤクザよりも強くなるべし。

地元のヤクザの中には、後に友達になった人もいます。でも困ったのは、見たこともない遠くから来たヤクザの人たちです。西川口は夜の街として、全国的に有名だったから、至る所からヤクザが来ていました。そこで私は思いました。「強いと言われている彼らよりも強くならなきゃいけない」と。
彼らは「ショバ代よこせ」と言ってきます。でもそんなのは払う必要の無いお金です。彼らに対抗するには、やられたら倍にして返す、くらいにならなきゃダメだと思いました。「金よこせ」と言われたら、「何でオレが払う必要があるんだ。オマエが払え」くらいに言わないとやられてしまう、と。だから、ヤクザよりも私の方が、この西川口では怖い存在だと思いますよ(笑)
私は理不尽なことが許せないんです。それはお客さんに対しても同じで、お酒を飲んで酔っぱらって周りのお客さんに迷惑をかけた人は、お店を出入り禁止にしてきました。その中にはヤクザだけじゃなく、一般人や警察官もいます。その人がたとえたくさんこのお店にお金を落とそうが、そんなことは関係ありません。


人生を賭けて西川口をきれいな街にしたい。

でも、ここに来たのは私の人生にとってすごく良かったことだと思っています。この街に来なければ、日本人にもいろいろいるとか、日本にもいろんな場所があるってことが分からなかったわけですから。
西川口はガラの悪い街だと言われていました。だけどその街で30年も40年も続いているラーメン屋さんや居酒屋だってあるわけです。どの街にだって、良いところと悪いところが存在する。だったら私たちは良い方を選べばいいんです。
西川口はすっごく好きです。西川口が今よりも1%でもクリーンな街になるための方法、それを考えている時は幸せですね。「周りの人たちを幸せにする」それが私の生きる目的の一つなんです。
来月(2009年9月)、西川口に「コ・ラボ西川口」というのが発足します。早稲田大学と地域住民、企業、川口市などが共同で西川口の街をきれいにしていきましょう、という取り組みを始めます。このオープニングレセプションはここ「グリーングラス」で行います。
ヤクザの街・風俗の街・ソープランドの街である西川口を、どういう街にしていくか。私は彼らから意見を求められました。ディズニーランドのような夢の街にすると言っても、すでにディズニーランドはある。じゃあショッピングモールを作りましょうかと言っても、そういうのは全国至る所にある。じゃあどうするか。
私は自分の国が好きで、パレスチナのために命を賭けてもいいくらいです。一方で日本のことも、パレスチナと同じくらい好きです。西川口をきれいにすることが自分の人生の目的のひとつであるのと同時に、パレスチナのことを日本に知らせることも私の人生の目的です。
だから私は考えました。例えばこの街に博物館を作るのはどうか、と。世界の文化を伝える博物館です。衣服や食べ物、言葉、どんなものでもいいから日本ではあまり見たり聞いたりしないようなものをそこで展示するんです。その皮切りが、パレスチナの文化です。
そうすれば「西川口に行けば世界中の文化に触れることができる」という評判が生まれ、そういうものに興味がある人たちがたくさん来るようになる。そうすれば、この街もきれいになっていくのではないか・・・こういうことを提言しようと思っています。

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エスニックフードのお店がたくさん!



この街で出会った人を幸せにしたい。

私は日本で頑張った。日本で大きくなった。パレスチナにいる家族を、ここ日本から応援し、支援した。私の人生は、日本で本格的に始まった。それらについてはすごく感謝しています。だからもし海外で人々が日本人の悪口を言ったら、たとえ同じイスラム教の人であろうが私は絶対に許さない。
私は日本に単にお金を稼ぎに来た人間じゃない。もし今私が日本に住んでいなかったら、私は死んでいたかもしれないし、イスラエルの刑務所に入れられていたかもしれません。だからパレスチナ人として、人間として、私は日本人の皆さんに何かをしなくちゃいけないと思っているんです。
西川口の人たちの心からは、私の存在は消えないでしょうね。それくらい、地域の人たちと触れ合ってきました。私が説得して風俗嬢から足を洗わせたこともあるし、風俗嬢の結婚を後押ししたこともあります。
私は日々の生活の中で、自分の出来る範囲で、出会った人たちを幸せにしたいです。そしてもし西川口が私の望むような街になったら、私はここを出ます。そしてかつての西川口と同じような街に、私は行きます。

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イヤッドさんにとって、日本って何ですか?

その質問は難しいです。何故なら長く日本に住んでいるし、私自身は日本人と変わらない
心を持っていると思っているから、別に特別な存在ではないんです。

答えるとしたら「地球にある一つの土地」でしょうね。



イヤッドさんにとって、西川口って何ですか?

私にとっては他の街と一緒です。

確かにニュースで見聞きする限り、電車から眺める限りは他の街と違うでしょう。
でも私は、この街に住むあらゆる種類の人と触れ合ってきましたから、今では
「とっても普通の街」ですね。それどころか、ある意味この周辺の街よりも良いです。
西川口の人間は、みんな優しい。その優しさを、私はこの街に来た時に感じたんです、
カルチャーショックと同時に。だからこの街から離れられなかったんです。
西川口の人たちは、私にとって家族です。歩いていたら「イヤッド、元気?最近見かけないね」って言ってくれる。この街は、私が生まれた街に近い雰囲気を持っていると思います。
みんな仲良しになれるんです。

西川口は、私にとって本当に良い街です。



イヤッドさん関連リンク

パレスチナ料理レストラン「グリーングラス」:http://www.green-grass.info


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