2009年12月16日(水)
#28 ディルナタ・サパコタさん
インド料理店「デリダルバール」シェフ
(2008年に来日)

日本は私が想像していたよりも
良い国でした。物価も想像以上に
高かったですが(笑)
中国とインドというアジアの大国に囲まれた国、ネパール。世界最高峰のエベレストを抱くヒマラヤ山脈と、広大な平原から成る内陸国です。そんな自然の宝庫であるネパール出身の人たちが、日本には約6000人住んでいると言われています。今回はその一人、ディルナタ・サパコタさんをご紹介します。
ディルナタさんは千葉市内にあるインド料理店のシェフとして、弟さんと2人でお店を切り盛りしています。日本に来たのはわずか1年前で、今もなお日本語と格闘中。しかし、彼の人なつこい笑顔はどんな言葉の壁も飛び越えてしまいます。
大きなナンが食べ切れなければ持ち帰り用に包んであげる。小さな子ども連れのお客さんが来たら、得意の笑顔で子どもをあやしてあげる。そんなディルナタさんは地元の人たちから親しみをこめて「ディヤン」と呼ばれ、愛されています。
*インタビュー@デリダルバール(千葉市中央区)
*ディルナタさんがシェフを務めるレストランについては こちらをクリック!
English
世界に散った家族たち。
私が去年(2008年)の12月に日本に来た時、弟はすでに千葉にいました。このレストランが開店したのは去年の6月頃ですが、彼はそれより前に日本に来ていたんです。
私は25歳の時に、ネパールを出ようと決めました。私はまずインドに行き、1年間滞在しました。それからロンドンで3年、その後アイルランドに渡って首都ダブリンに2年半住みました。そしてネパールに帰国したのですが、故郷には7ヶ月しかいませんでした。それから日本に来て、今に至ります。
外国に住んでいるのは、私と弟だけではありません。3番目の弟は今ロンドンに住んでいますし、5番目の弟が今住んでいるのはオランダです。そして日本に住んでいるのは私たち2人以外に4番目の弟、姉、姉の夫。だから私の家族で日本に住んでいるのは合計で5人ですね。
混乱を逃れて。
ネパールを出る前は普通の学生でした。弁護士になりたくて、首都カトマンズの大学で法律を専攻していました。でも家庭の経済的事情で学位を取ることはできませんでした。父の仕事が傾き一家の収入が無くなってしまったので、大学をやめざるを得なくなったのです。
私は24歳で大学を中退しました。しかし経済状況は最悪で、国では仕事に就けませんでした。ネパール共産党(毛沢東主義者)と政府との間に内戦が勃発したんです。
私にはすでに妻と子どもがいましたが、ネパール国内に就職のチャンスはなく、海外に行くしかもはや道は残されていませんでした。私は息子を妻と両親に託し、インドに向かいました。
*インタビュー:鈴木千夏
ヨーロッパでの日々。
実はインドに行く前に、ネパールで料理の勉強をしました。料理は昔から好きで、子どもの頃は母の料理を手伝ったりしました。それからインドのデリーにあるインド料理店で1年間働きました。
その後ロンドンに行き、友達が経営するインド料理店で働きました。何とかロンドンで3年間生活しましたが、そこの給料では生活がかなり厳しかったのも事実です。
その友人はアイルランドのダブリンにもレストランを持っていたので、そちらに移りました。ダブリンには小さいながらもたくさんの外国人コミュニティがあり、その中にネパール人コミュニティもありました。もちろんヨーロッパにいた間は家族に送金していましたよ。でもアイルランドは他のヨーロッパ諸国よりも景気が悪かったんです。
誰か故郷を想わざる。
アイルランドでの2年半が過ぎた頃、突然ホームシックになりました。本当に突然でした。それでネパールに帰りました。
帰国してからは、もうどこにも行きたくないと思いました。故郷で家族と暮らしたかったんです。しかしネパールはまだ混乱状態が続いていました。
毛沢東主義者たちは国王と和解しましたが、また別の問題が起きました。議会で党派どうしの衝突が起きていたんです。私の弟や姉が国を出て日本に向かったのは、そうした背景があるんです。
私の友達も日本に行きました。だから私もここに来る決心をしました。日本は平和です。そして不況と言えどもネパールよりはまだ仕事に就くチャンスがあるんですから。
長い旅の果てに。
ネパールから東京にいる姉の夫に電話をしました。義兄は彼が経営する千葉のインド料理店に仕事の空きがあると教えてくれました。その店はすでに開店していて、弟が店長をしていました。それで日本に来ることを決めたんです。
子どもの頃、日本について書かれた本を読んだことがあります。日本はとても発展した「日出ずる国 」、そして平和な国であると、その本には書いてありました。それでここに来たいと心から思いました。
成田空港に到着した後、友達の車でまずは名古屋に行きました。千葉のレストランを運営している義兄の会社が名古屋にあり、彼の会社にビザサポートをしてもらうために2週間名古屋に滞在しました。書類をたくさん作成しました。その甲斐あって外国人登録証を入手でき、晴れて千葉に来ました。
素晴らしき国で生きるために。
日本は私が予想していた以上に素晴らしい国だと思いました。日本人は礼儀正しく心細やかで親切、そして一生懸命仕事をします。できればずっと日本に住みたいです。
唯一の悩みのタネは、物価の高さです。一緒に日本に来てくれた妻は、東京のビジネスホテルで朝9時半から夕方4時まで週6日働いていますが、給料が良くないんです。生活を支えるために、妻はもうひとつ仕事を探しているところです。私と弟は日本で生きていくために、この店を続けなければなりませんしね。でも経済的な問題を除いては、万事うまくいっています。
奥様が温かいチャイをいれてくれました。
ディルナタさんにとって、日本って何ですか?
故郷のように思っています。
たった1年しか日本に住んでいませんが、長さなんて関係ないですよね。おかげさまで、
これまで日本で無事過ごすことができています。今では日本とネパールに何の違いも
感じません。
だから日本は私の故郷だと言ってもいいくらいなんです。
*ディルナタさんがシェフを務めるインド料理店「デリダルバール」については こちらをクリック!

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