2009年12月28日(月)
#29 モハメド・ホーマユンさん
バングラデシュ料理店「ベンガルカレーホーマ」オーナーシェフ
(1987年に来日)

「商売をやめたい」と思うこともありますよ。でも僕は、自分の
店を持ちたいと思ったから
20年も頑張ってきたんです。
大分遅れてしまいましたが、新年明けましておめでとうございます。2010年が皆様にとって
良い年であるよう、My Eyes Tokyo一同心よりお祈り申し上げます。
新年のご挨拶をしたところで昨年末に行ったインタビューをお送りするのは大変心苦しいですが、東京対談で3人目のバングラデシュ人、モハメド・ホーマユンさんをご紹介します。ホーマユンさんは現在、東京・大田区でバングラデシュ料理店を経営しています。日本滞在歴22年、日本語は完璧です。インタビューの時もコック帽を外さない、根っからの料理人に見えるホーマユンさんは、実は意外な経歴の持ち主なんです。
*インタビュー@ベンガルカレーホーマ(東京都大田区)
*ホーマユンさんのお店「ベンガルカレーホーマ」については こちらをクリック!
English
プロサッカー選手だった。
日本に来る前は、僕はバングラデシュでプロサッカー選手でした。僕の住んでいた街はサッカーが盛んで、街の一角にある広い敷地でたくさんの人がサッカーを楽しんでいました。僕はバングラデシュでは有名な選手でした。
でもバングラデシュは経済的に豊かな国ではないし、サッカー選手とは言え生活は大変でした。アスリートは体力が命ですから、食費が特にかかりました。当時は家族から離れて寮で生活し、週末は実家に帰って家族と一緒にご飯を食べました。
チームはある程度ユニフォーム代やシューズ代を出してはくれましたが、一定の金額を超えた分は出してくれませんでした。それで、僕は外国に行くことを考えました。豊かな国に行って働いてお金を貯めて、バングラデシュに帰って商売をしようと思ったんです。
「日本には良い人がたくさんいる」
僕は元々日本が好きでした。小さい頃に学校で「日本人は良い人が多い」と先生に教わったのがきっかけで、日本に興味を持ちました。実際にバングラデシュで日本人にもお会いしました。政府関係のお仕事をされていたご年配の方でした。とても良い方で、お話もたくさんさせていただきました。もし外国に行くなら、良い人がたくさんいるであろう日本なら安心だと思ったんです。
夢に向かって一歩ずつ。
日本に来てから自分のお店を開くまで、僕は部品工場や弁当工場などで働いていました。工場で働きながら、夜や休日は六本木や御徒町などのインド料理店などでアルバイトしていました。
元々、バングラデシュでは父がレストランを経営していたんです。だから元々自分のお店を持ちたいとは思っていました。それで来日後15年以上、本業の傍らで料理を学びました。弁当工場では手作業でお弁当を作っていましたので、そこでの仕事も貴重な経験になりました。
そしてコツコツお金を貯めて、来日から20年近く経った2004年7月に、ようやくお店を開くことができました。銀行からの融資は一切受けず、僕が貯めたお金だけで開店まで持っていったんです。本当は、もっと早く開店したかったですね。
緊急時に帰れない辛さ。
日本に来てから結婚をし、この20年ですっかりこちらに生活基盤ができました。でもそうなると、故郷の家族や親類の身に何かあった時にすぐに対応できないんです。それが辛かったですね。日本とバングラデシュの往復にはお金がかかるし、旅支度にも時間と労力がかかります。だからそういう時は、日本に来たことを後悔したこともありましたよ。
それに、日本に来たばかりの頃は言葉も全然分からなかった。日本語って何て難しいんだろうと思いました。でも僕は日本語学校には行きませんでした。日本語は仕事を通じて覚えました。教科書も読んでいません。それでも日本に来てから半年後くらいには、ほぼ日常会話は問題なくなりました。
なり振り構わず。
日本は物価が高いから大変です。でも、特に今の不況だと日本人の皆さんでさえ大変だと思います。近くには町工場がたくさんありますが、今はそういう所からはなかなか食べに来てくれません。それだけ不景気なんです。
お子さんがいらっしゃる家庭は特に大変なんじゃないでしょうか。学校もお金がかかりますよね。お子さんに何か買ってあげたくてもそれができないのは、辛いと思います。
そんな中でこの先も日本で生活を続けるためには、格好なんか気にしていられません。僕は自分のお店で束の間のランチタイムを取る時もコック帽を外しません。食べ終わった後すぐにディナーの用意をしなくちゃいけないからです。格好よりも、いかに仕事が出来るか、いかに一生懸命仕事をするか。それが日本で生活するための鍵だと思います。
正直言ってこの不況だと「商売をやめたい」と思うこともありますよ。でも僕は、自分の店を持ちたいと思ったから20年も頑張ってきたんです。だから、なり振りなんて構っていられません。
景気がこの先どうなるか分かりませんが、これからも日本に住み続けます。たとえお店を閉めなくちゃならなくなっても、故郷に帰ることはないでしょう。
ホーマユンさんにとって、東京って何ですか?
良い人がたくさんいる街です。
特にこの辺りは、もともと山形や福島の出身の人たちが多いんです。だから皆さん温かい
ですね。
来日直後は1年間だけ群馬県に住んでいました。精肉工場で働いていたんです。その後に
上京して住んだのが大田区糀谷です。それから六郷に引っ越して今に至ります。だから
地方と東京の両方を知っていますが、商売するには、やはり都会の方がいいですね。
糀谷と六郷は歩いていける距離ですから、約20年間同じエリアに住んでいることに
なります。すっかり僕の地元です。何がどこにあるかも知り尽くしています。
だからこの街からは離れられないですね。
*ホーマユンさんがオーナーシェフを務めるバングラデシュ料理店「ベンガルカレーホーマ」に
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